2010/2/10
ヤング ラスカルズ Rock N Roll
若き冒険者たち

ヤング ラスカルズが大きく飛躍した67年の第三作
ダウドやマーディンなどアトランティック レーベル
の叡智を集めた 記念すべきレコーディングだった
でも 名盤になった本当の理由は
ヤング ラスカルズの歌への真摯な取り組みがあった
からこそ
それ以外には 考えられまい
(椅子は江古田の飲み屋&レコード店「クラン」
から譲り受けたもの もう25年以上 ぼくの部屋に
鎮座しています)

ヤング ラスカルズが大きく飛躍した67年の第三作
ダウドやマーディンなどアトランティック レーベル
の叡智を集めた 記念すべきレコーディングだった
でも 名盤になった本当の理由は
ヤング ラスカルズの歌への真摯な取り組みがあった
からこそ
それ以外には 考えられまい
(椅子は江古田の飲み屋&レコード店「クラン」
から譲り受けたもの もう25年以上 ぼくの部屋に
鎮座しています)
2010/2/10
ドヒニー、25歳のファースト アルバム
横道世之介を読み終えたら
何となく 聞きたくなった
ドヒニー、25歳の記録
多くの”ファースト アルバム”を聞いてきましたが
この人の73年のデビュー作もまた
剥き出しの若さと 迫り来る諦観との間で
揺れ動いています

i know sorrow は そんな意味でも
この青年を映し出す代表曲のように思います

see also mr.ues view
http://homepage2.nifty.com/ueb/music/html/ned.html
何となく 聞きたくなった
ドヒニー、25歳の記録
多くの”ファースト アルバム”を聞いてきましたが
この人の73年のデビュー作もまた
剥き出しの若さと 迫り来る諦観との間で
揺れ動いています

i know sorrow は そんな意味でも
この青年を映し出す代表曲のように思います

see also mr.ues view
http://homepage2.nifty.com/ueb/music/html/ned.html
2010/2/9
2月9日〜誰にも無為とは言わせない 文学
吉田修一『横道世之介』(09年 毎日新聞社)を
読了 今年5册めの読書でした
横道世之介 18歳 長崎から上京してきたばかり
の大学一年生だ 鷹揚なのかズボラなのかよく判
らない性格なのだが それでも人に対して”駄目!”
と言うよりは”いいよ” と思わず声を掛けてしま
うような心の持ち主ではある
そんな世之介が東京に出てきてからの一年間を
春夏秋冬のゆったりとした流れとともに追いかけ
た小説だ ごく普通の青年が見ず知らずの東京で
あまりパッとしない生活を送る 退屈な授業に
いきがかりで入ってしまったようなサークル そ
れらは無為な日々かもしれない それでも彼には
張り合いのあるアルバイトがあり 何よりも様々
な人々との出会いがある まだ生活にからめとら
れていない柔らかな日々である そんな二十歳前
の世之介が見たもの 聞いたもの あるいは見よ
うとしたもの 耳を傾けようとしたものが 80年
代の東京のややフワフワした空気を舞台に伝わっ
てくる
世之介の呟きは 例えばこんな風だ
「これまでも十五歳になり 十六歳になり 十七
歳になって十八歳にもなってきた ただこれまで
は毎回みんな(たとえばクラスメイトたちとか)
と一緒に年を取る感覚があった だが なぜか今
回の十九歳だけは たった一人で十九歳になって
しまったような気がしてならない」
あるいは 夏休みの帰省中のシーンから拾うと
彼は「東京に”行く”ではなく初めて”帰ろう” 」
と言っている自分に気がつくのだ そんな世之介
は案外 繊細な奴かもしれない
移ろう四季とともに 突如挿入される彼と彼の仲
間たちの未来図が また切ない 現在と未来とを
交互に組み合わせていくありがちな展開ではなく
物語は まさにふと彼らの20年後へと飛躍し
また戻ったりするのだ
割り振られた譜面ではけっしてない そう
音楽に譬えれば 突然の変拍子やインプロヴ
ィゼイションに似ているかもしれない
現在と未来との色調の違いにも 読み手は思わず
息を呑むことだろう 未来の方が明るいなんて
誰が放った言葉なんだ
いつか思いもかけない運命が自分に待ち受けてい
ることを 主人公は知る由もない あるはずもな
い その一瞬一瞬をまるでスローモーションのよ
うに切り取っていく終盤には 誰もが自分が得た
ものと 失ってしまったものを 重ね合わせるに
違いない
無為な日々に価値がないなんて
誰が言った言葉だろう
もともとは08年の4月から一年間 毎日新聞に
掲載されていた新聞小説 9日夕刊で吉田本人
は自伝ではないと語っているが それは作者の
”照れ”半分でもあろう

装幀は 原 路子 装画は 南川史門
無情なバーコードがなんとも惜しまれる

こんな短評も見つけました
http://yaplog.jp/you_1102/
読了 今年5册めの読書でした
横道世之介 18歳 長崎から上京してきたばかり
の大学一年生だ 鷹揚なのかズボラなのかよく判
らない性格なのだが それでも人に対して”駄目!”
と言うよりは”いいよ” と思わず声を掛けてしま
うような心の持ち主ではある
そんな世之介が東京に出てきてからの一年間を
春夏秋冬のゆったりとした流れとともに追いかけ
た小説だ ごく普通の青年が見ず知らずの東京で
あまりパッとしない生活を送る 退屈な授業に
いきがかりで入ってしまったようなサークル そ
れらは無為な日々かもしれない それでも彼には
張り合いのあるアルバイトがあり 何よりも様々
な人々との出会いがある まだ生活にからめとら
れていない柔らかな日々である そんな二十歳前
の世之介が見たもの 聞いたもの あるいは見よ
うとしたもの 耳を傾けようとしたものが 80年
代の東京のややフワフワした空気を舞台に伝わっ
てくる
世之介の呟きは 例えばこんな風だ
「これまでも十五歳になり 十六歳になり 十七
歳になって十八歳にもなってきた ただこれまで
は毎回みんな(たとえばクラスメイトたちとか)
と一緒に年を取る感覚があった だが なぜか今
回の十九歳だけは たった一人で十九歳になって
しまったような気がしてならない」
あるいは 夏休みの帰省中のシーンから拾うと
彼は「東京に”行く”ではなく初めて”帰ろう” 」
と言っている自分に気がつくのだ そんな世之介
は案外 繊細な奴かもしれない
移ろう四季とともに 突如挿入される彼と彼の仲
間たちの未来図が また切ない 現在と未来とを
交互に組み合わせていくありがちな展開ではなく
物語は まさにふと彼らの20年後へと飛躍し
また戻ったりするのだ
割り振られた譜面ではけっしてない そう
音楽に譬えれば 突然の変拍子やインプロヴ
ィゼイションに似ているかもしれない
現在と未来との色調の違いにも 読み手は思わず
息を呑むことだろう 未来の方が明るいなんて
誰が放った言葉なんだ
いつか思いもかけない運命が自分に待ち受けてい
ることを 主人公は知る由もない あるはずもな
い その一瞬一瞬をまるでスローモーションのよ
うに切り取っていく終盤には 誰もが自分が得た
ものと 失ってしまったものを 重ね合わせるに
違いない
無為な日々に価値がないなんて
誰が言った言葉だろう
もともとは08年の4月から一年間 毎日新聞に
掲載されていた新聞小説 9日夕刊で吉田本人
は自伝ではないと語っているが それは作者の
”照れ”半分でもあろう

装幀は 原 路子 装画は 南川史門
無情なバーコードがなんとも惜しまれる

こんな短評も見つけました
http://yaplog.jp/you_1102/
2010/2/8
ジョン・キャメロン・フォガティ〜太陽のような人
そしてジョン フォガティは今なお現役で
今年の5月に65歳になります
昨年リリースされたカントリー アルバム
『ブルーリッジ レンジャーズ ライズ アゲイン』
には感動しました

今をときめくバディ ミラーやグレイグ リーズ
(元ファンキー キングス!)も参加しています
ちなみに さる演奏家の方によると
「もっとベテランだと大御所っぽい演奏になってしまう
けど ここでのリーズは実に自然で良い!」
といった主旨を話されていました
うん そのニュアンス 何となく解る気がします
実はこのカントリー アルバムは 遥か昔の73年に
発表された『ブルーリッジ レンジャーズ』
が元になっています
これも 大好きなアルバムでした

当時は クリーデンス解散後のフォガティが
新しく組んだグループとして紹介されたのですが
実はジョンによるワンマン録音だということが
やがて明らかにされました
そんな意味では ロンサムな裏ジャケが象徴的かも

直接関係ありませんが
過去のひとつひとつが積み重なって
一人の大人を作っていきます
だから若いこと ただそれだけに任せて
ものごとを言う若い人には あまり共感出来ません
逆に ただ意味もなく威張っているような大人も
大嫌いです
ジョン キャメロン フォガティ
ぼくにとっては まるで太陽のような人
素晴らしい大人だと思います
一時は楽曲の版権問題がこじれて
自分で作った曲にもかかわらず
人前で演奏出来ないという苦渋を舐めたことさえ
ありました
そのときの彼の心情は
果たしてどんなものだったのでしょうか?
今回はワンマン録音ではなく
素晴らしい仲間たちとともに演奏している
そんなことも含めて
流れ過ぎた長い歳月は どうやら
彼に そっと微笑んだようです

オマケ: こんな感想を記してくださる方がいると
私も 何だかとても嬉しいです^ー^
ときどき 嫌なこともありますが
これからも きちんと背筋を伸ばして
書いていこうと思います
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/archives/51736785.html
今年の5月に65歳になります
昨年リリースされたカントリー アルバム
『ブルーリッジ レンジャーズ ライズ アゲイン』
には感動しました

今をときめくバディ ミラーやグレイグ リーズ
(元ファンキー キングス!)も参加しています
ちなみに さる演奏家の方によると
「もっとベテランだと大御所っぽい演奏になってしまう
けど ここでのリーズは実に自然で良い!」
といった主旨を話されていました
うん そのニュアンス 何となく解る気がします
実はこのカントリー アルバムは 遥か昔の73年に
発表された『ブルーリッジ レンジャーズ』
が元になっています
これも 大好きなアルバムでした

当時は クリーデンス解散後のフォガティが
新しく組んだグループとして紹介されたのですが
実はジョンによるワンマン録音だということが
やがて明らかにされました
そんな意味では ロンサムな裏ジャケが象徴的かも

直接関係ありませんが
過去のひとつひとつが積み重なって
一人の大人を作っていきます
だから若いこと ただそれだけに任せて
ものごとを言う若い人には あまり共感出来ません
逆に ただ意味もなく威張っているような大人も
大嫌いです
ジョン キャメロン フォガティ
ぼくにとっては まるで太陽のような人
素晴らしい大人だと思います
一時は楽曲の版権問題がこじれて
自分で作った曲にもかかわらず
人前で演奏出来ないという苦渋を舐めたことさえ
ありました
そのときの彼の心情は
果たしてどんなものだったのでしょうか?
今回はワンマン録音ではなく
素晴らしい仲間たちとともに演奏している
そんなことも含めて
流れ過ぎた長い歳月は どうやら
彼に そっと微笑んだようです

オマケ: こんな感想を記してくださる方がいると
私も 何だかとても嬉しいです^ー^
ときどき 嫌なこともありますが
これからも きちんと背筋を伸ばして
書いていこうと思います
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/archives/51736785.html
2010/2/7
私の温故知新アルバム その2 Rock N Roll
クリーデンスは ぼくが中学生時代に
最初に好きになったロック バンドだ
当時はラジオの影響力が 今からは想像出来ない
くらい大きく 彼らのヒット曲はAMラジオから
ガンガン流れてきた
「プラウド メアリー」「スージーQ」
「コットン フィールズ」そして
「雨を見たかい?」
今でもソラで歌えるくらい刷り込まれた(笑)
何となくアメリカの広大な大地のような匂いがあって
そこに惹かれたのかもしれない
『グリーン リヴァー』(69年)は
クリーデンスの三作めのアルバムだ

とにかくジャケットが良かった
何気ないスナップに映るのは 左から
ジョン トム スチュ ダグ
裏ジャケも いいぞえ^0^

音楽的には最初の2枚の荒々しさに代わって
まろやかなカントリー色が染み込んできたが
レイ チャールズ「ライト タイム」などのR&B
では ジョンのギターがここぞと爆発!
見開きジャケは こんな感じ
ちなみにライナーは 桜井ユタカさん
桜井さんは トニー ジョー ホワイトなんか
も書いていたなあ

グループ名の由来もまた
彼らの音楽とまっすぐに結び付いていく
クリーデンス(信念をもって)
クリアウォーター(清き水を)
リヴァイヴァル (取り戻そう)
クリーデンス クリアウォーター リヴァイヴァル!
美しく 逞しく
少しばかりの信念をもって

今日の日記です
(画像をクリックして頂ければ 読みやすいです)

最初に好きになったロック バンドだ
当時はラジオの影響力が 今からは想像出来ない
くらい大きく 彼らのヒット曲はAMラジオから
ガンガン流れてきた
「プラウド メアリー」「スージーQ」
「コットン フィールズ」そして
「雨を見たかい?」
今でもソラで歌えるくらい刷り込まれた(笑)
何となくアメリカの広大な大地のような匂いがあって
そこに惹かれたのかもしれない
『グリーン リヴァー』(69年)は
クリーデンスの三作めのアルバムだ

とにかくジャケットが良かった
何気ないスナップに映るのは 左から
ジョン トム スチュ ダグ
裏ジャケも いいぞえ^0^

音楽的には最初の2枚の荒々しさに代わって
まろやかなカントリー色が染み込んできたが
レイ チャールズ「ライト タイム」などのR&B
では ジョンのギターがここぞと爆発!
見開きジャケは こんな感じ
ちなみにライナーは 桜井ユタカさん
桜井さんは トニー ジョー ホワイトなんか
も書いていたなあ

グループ名の由来もまた
彼らの音楽とまっすぐに結び付いていく
クリーデンス(信念をもって)
クリアウォーター(清き水を)
リヴァイヴァル (取り戻そう)
クリーデンス クリアウォーター リヴァイヴァル!
美しく 逞しく
少しばかりの信念をもって

今日の日記です
(画像をクリックして頂ければ 読みやすいです)

2010/2/7
リンク集更新のお知らせ
アクセサリーの制作や雑貨のお仕事をされている
大森さんのblog, BEADS accessory〜音楽が聞こえ
て来る様なアクセサリー〜をリンク集に加えました
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/
大森さんのことは友人を介して何となく知っていたの
ですが ホンクのライヴ会場で ぼくに声をかけてく
ださいました
また一人 素晴らしい仲間が増えました

写真は直接関係ありませんが ぼくの大好きなジェイ
ムズです
先日 犬と書いてしまいましたが 荒れ地を駆け巡る
コヨーテなのかもしれません
大森さんのblog, BEADS accessory〜音楽が聞こえ
て来る様なアクセサリー〜をリンク集に加えました
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/
大森さんのことは友人を介して何となく知っていたの
ですが ホンクのライヴ会場で ぼくに声をかけてく
ださいました
また一人 素晴らしい仲間が増えました

写真は直接関係ありませんが ぼくの大好きなジェイ
ムズです
先日 犬と書いてしまいましたが 荒れ地を駆け巡る
コヨーテなのかもしれません
2010/2/6
2月5日〜旅の途上でホンクを思う
代官山の晴空にて 東京ローカル ホンクを見る
今月の21日をもって今年前半のライヴ活動を休止
する彼らだが ぼくにとっては今日がその最後の
日だ
絶えることのない出演依頼は むろんホンクメンが
長い歳月に亘って培ってきた実力ゆえであり その
ツアーこそを何よりも楽しんできた彼らではあるが
新作に取り組むためレコーディングに集中したいと
いう気持ちもまた 偽りないものだろう
ぼく自身 この3年ばかり彼らのライヴを追い求め
てきた とびきりのマジックが生まれる日もあれば
アヴェレージをクリアするに留まった日もあったよ
うに思う でもそのすべてをぼくは楽しみ 愛おし
く思った 何故ならそれがバンドという生きもので
あるから そしてこれは誓ってもいいのだが ホン
クのライヴの帰り道を 暗い気持ちやネガティヴな
感情を抱えて歩いたことは ぼくは一度たりともあ
りはしない
いつか木下弦二に ぼくはこう言ったことがある
「誰がプロデュースしたとか どのグループに似て
いるとか そういった言葉できみたちの音楽を語り
たくない」 実際彼らの音楽に接したことがある方
なら実感することであろうが ぼくもまたそうした
聞き手の一人でありたいと 常に思っている
この日はマーガレットズロース、太陽バンドに続い
て登場したホンク 何度となく触れた歌であり演奏
だが あらためてこのバンドの絶妙なアンサンブル
なだらかな丘陵を追いかけていくようなグルーヴに
酔った 同時に ぼくは問いを投げかける「自分は
彼らのライヴに馴れ過ぎてしまったのではないだろ
ろうか」と それは彼らのせいじゃない ぼくの暮
らしの惰性のせいだ ぼくが音楽に浸り過ぎたせい
だ
そんな意味でも今回の活動休止は 遥かなる旅路で
の句読点だ そんなことを思えば また開けてくる
視界が きっとあるだろう 違って見える風景が
きっとあるだろう 手を伸ばせば待っているはずの
笑みや 交わし合う言葉があるだろう
込み上げてくるものを悟られないように
そっと会場をあとにした

今回は演奏に集中したかったので 前回の所沢MOJO
でのスナップです(写真をクリックして頂いて)改めて
素晴らしいホンクメンを紹介しましょう
左から 木下弦二(vo, g) 井上文貴(g,vo)
新井健太(b,vo) 田中邦雄(ds, vo)
5日の曲目は
1 社会のワレメちゃん
2 弱気なアマノさん
3 いつもいっしょ
4 おバカさん
5 昼休み
6 おいで おいで
7 生きものについて beautiful no name
〜encole〜
(マーガレットズロース、太陽バンドとともに)
8 プカプカ (ode to kyouzou san, and every kinda people)

いっしょのテーブルで見ていたOさんも
素敵な言葉を書き留めてくださいました
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/
今月の21日をもって今年前半のライヴ活動を休止
する彼らだが ぼくにとっては今日がその最後の
日だ
絶えることのない出演依頼は むろんホンクメンが
長い歳月に亘って培ってきた実力ゆえであり その
ツアーこそを何よりも楽しんできた彼らではあるが
新作に取り組むためレコーディングに集中したいと
いう気持ちもまた 偽りないものだろう
ぼく自身 この3年ばかり彼らのライヴを追い求め
てきた とびきりのマジックが生まれる日もあれば
アヴェレージをクリアするに留まった日もあったよ
うに思う でもそのすべてをぼくは楽しみ 愛おし
く思った 何故ならそれがバンドという生きもので
あるから そしてこれは誓ってもいいのだが ホン
クのライヴの帰り道を 暗い気持ちやネガティヴな
感情を抱えて歩いたことは ぼくは一度たりともあ
りはしない
いつか木下弦二に ぼくはこう言ったことがある
「誰がプロデュースしたとか どのグループに似て
いるとか そういった言葉できみたちの音楽を語り
たくない」 実際彼らの音楽に接したことがある方
なら実感することであろうが ぼくもまたそうした
聞き手の一人でありたいと 常に思っている
この日はマーガレットズロース、太陽バンドに続い
て登場したホンク 何度となく触れた歌であり演奏
だが あらためてこのバンドの絶妙なアンサンブル
なだらかな丘陵を追いかけていくようなグルーヴに
酔った 同時に ぼくは問いを投げかける「自分は
彼らのライヴに馴れ過ぎてしまったのではないだろ
ろうか」と それは彼らのせいじゃない ぼくの暮
らしの惰性のせいだ ぼくが音楽に浸り過ぎたせい
だ
そんな意味でも今回の活動休止は 遥かなる旅路で
の句読点だ そんなことを思えば また開けてくる
視界が きっとあるだろう 違って見える風景が
きっとあるだろう 手を伸ばせば待っているはずの
笑みや 交わし合う言葉があるだろう
込み上げてくるものを悟られないように
そっと会場をあとにした

今回は演奏に集中したかったので 前回の所沢MOJO
でのスナップです(写真をクリックして頂いて)改めて
素晴らしいホンクメンを紹介しましょう
左から 木下弦二(vo, g) 井上文貴(g,vo)
新井健太(b,vo) 田中邦雄(ds, vo)
5日の曲目は
1 社会のワレメちゃん
2 弱気なアマノさん
3 いつもいっしょ
4 おバカさん
5 昼休み
6 おいで おいで
7 生きものについて beautiful no name
〜encole〜
(マーガレットズロース、太陽バンドとともに)
8 プカプカ (ode to kyouzou san, and every kinda people)

いっしょのテーブルで見ていたOさんも
素敵な言葉を書き留めてくださいました
http://blog.livedoor.jp/gogoaki/
2010/2/5
2月3日、4日 ともに晴天
膝を悪くしている母を見舞いに 虎ノ門病院へ
通っている 昨日行われた手術は何とか成功し
ほっと胸を撫で下ろすが これからはリハビリ
が始まる
三日の夜は 病院の近くの居酒屋にて
家内 妹とともに軽く飲む 向上心がない
長男に お二方は手厳しい 出来れば家族以外
の女性と杯を酌み交わしたいところである

今日も空は 青いだけ

毎朝の歯磨きのように コーヒーのように
今日もジェイムズの歌に触れる
通っている 昨日行われた手術は何とか成功し
ほっと胸を撫で下ろすが これからはリハビリ
が始まる
三日の夜は 病院の近くの居酒屋にて
家内 妹とともに軽く飲む 向上心がない
長男に お二方は手厳しい 出来れば家族以外
の女性と杯を酌み交わしたいところである

今日も空は 青いだけ

毎朝の歯磨きのように コーヒーのように
今日もジェイムズの歌に触れる
2010/2/3
2月3日 晴れ
佐々木譲『ユニット』(03年 文春文庫)を読了
しました 今年4册めです
自分が外出中に愛する妻を強姦致死にされ さら
に生まれたばかりの子の命までを奪われた主人公
が 犯罪を犯した青年に復讐しようと計画を企て
る そんなエンタテイメント巨編(519ページ)
です
残忍な犯罪が多発し また加害者に比べて被害者
やその家族の権利があまりに顧みられないことが
社会問題になっています 死刑制度や裁判員制度
をめぐる論議の活発化も 昨今の凶悪犯罪多発ゆ
えでしょうが 「もし自分が主人公だったら」
という立場で読み進めてみると よりその心理
に感情移入出来るのではないでしょうか
朝玄関で「行ってらっしゃい」と声を掛けてくれ
た人が 夜にはもうこの世にいない いないどこ
ろか堪え難い手口で殺された その事実を受け入
れられる人は 皆無でしょう 事実 主人公
もその現実を受け止めることが出来ずに 仕事を
失い アルコールの渦に溺れ 無為な日々を過ご
します その姿はまさに生ける屍の如し
事件当時まだ少年だった故に死刑を免れ 模範
囚人だった故にわずか7年後に(保護観察付きで
)社会復帰出来てしまうシステムも問題だと思い
ますが その犯罪者への復讐劇だけでなく 夫の
DVによって家出をした妻と子の逃走劇も同時に
語られ 主人公とその女がふとしたきっかけで出
会うことも 物語をより深いものにしています
またそんな二人を雇い理解を示す零細工務店の主
にしても 長い歳月を連れ添った妻に逃げられる
など 登場人物たちはそれぞれに傷を負った人々
であり デコボコな人生をそれでも懸命に生きよ
うとします
綺麗ごとだけでは隠し切れない心の闇を抱えた者
どおしがやがて共振し 忘れかけた生命の温もり
を再び見出そうとする そんな真鍋と裕子を見つ
める作者の眼も確かであり 残酷な現実の彼方に
一筋の光が差し込んでくるかのようです

北海道を舞台にした警察小説にも定評がある佐々木は
権力への抗いや市井の人々への共感を描き出す

目が醒めたのはメキシカン レストランの冷たい床の
上だった そんな失意とアルコールの日々を抜け出し
子連れ同士で再婚したハイアットは 87年のこの作品
で 遂に音楽ファンの信頼を勝ち得た
ちなみにアルバム タイトルは ”家族を連れて”
しました 今年4册めです
自分が外出中に愛する妻を強姦致死にされ さら
に生まれたばかりの子の命までを奪われた主人公
が 犯罪を犯した青年に復讐しようと計画を企て
る そんなエンタテイメント巨編(519ページ)
です
残忍な犯罪が多発し また加害者に比べて被害者
やその家族の権利があまりに顧みられないことが
社会問題になっています 死刑制度や裁判員制度
をめぐる論議の活発化も 昨今の凶悪犯罪多発ゆ
えでしょうが 「もし自分が主人公だったら」
という立場で読み進めてみると よりその心理
に感情移入出来るのではないでしょうか
朝玄関で「行ってらっしゃい」と声を掛けてくれ
た人が 夜にはもうこの世にいない いないどこ
ろか堪え難い手口で殺された その事実を受け入
れられる人は 皆無でしょう 事実 主人公
もその現実を受け止めることが出来ずに 仕事を
失い アルコールの渦に溺れ 無為な日々を過ご
します その姿はまさに生ける屍の如し
事件当時まだ少年だった故に死刑を免れ 模範
囚人だった故にわずか7年後に(保護観察付きで
)社会復帰出来てしまうシステムも問題だと思い
ますが その犯罪者への復讐劇だけでなく 夫の
DVによって家出をした妻と子の逃走劇も同時に
語られ 主人公とその女がふとしたきっかけで出
会うことも 物語をより深いものにしています
またそんな二人を雇い理解を示す零細工務店の主
にしても 長い歳月を連れ添った妻に逃げられる
など 登場人物たちはそれぞれに傷を負った人々
であり デコボコな人生をそれでも懸命に生きよ
うとします
綺麗ごとだけでは隠し切れない心の闇を抱えた者
どおしがやがて共振し 忘れかけた生命の温もり
を再び見出そうとする そんな真鍋と裕子を見つ
める作者の眼も確かであり 残酷な現実の彼方に
一筋の光が差し込んでくるかのようです

北海道を舞台にした警察小説にも定評がある佐々木は
権力への抗いや市井の人々への共感を描き出す

目が醒めたのはメキシカン レストランの冷たい床の
上だった そんな失意とアルコールの日々を抜け出し
子連れ同士で再婚したハイアットは 87年のこの作品
で 遂に音楽ファンの信頼を勝ち得た
ちなみにアルバム タイトルは ”家族を連れて”
2010/2/2
2月2日 晴れ
昨夜はこの冬初めて 東京に雪が降りました
雪かきをした後 近くの神社に行きました




帰ってきてからニール ヤングの
『プレイリー ウィンド』を聞きました
広大な大地に立ち上っていくような歌たち
終曲「神が私を作ったとき」が とくに染みます

思い煩うことなかれ
世の中とは自然に移ろいゆくもの
それならば 今を精一杯生きるがいい
自分と世界との関係を
きちんと見つめていけばいい

ニール「神が私を作った時」

雪かきをした後 近くの神社に行きました




帰ってきてからニール ヤングの
『プレイリー ウィンド』を聞きました
広大な大地に立ち上っていくような歌たち
終曲「神が私を作ったとき」が とくに染みます

思い煩うことなかれ
世の中とは自然に移ろいゆくもの
それならば 今を精一杯生きるがいい
自分と世界との関係を
きちんと見つめていけばいい

ニール「神が私を作った時」

2010/2/1
譜面が読めないベーシスト Rock N Roll
クラウス フォアマンの半生を描いたドキュメント番組
”All You Need Is Kraus" (09年 ドイツ制作)をNHK
衛星の再放送で見た 番組の内容は70歳を迎えソロ ア
ルバムを作る決心をしたクラウスのレコーディング風景
を追いながら ビートルズと出会ったハンブルグ時代に
始まり セッション ベーシストとして多忙を極めた70
年代や 本職である美術(アート)を回想していくとい
うもの
クワイエット マンというか 常に控えめな態度を崩さ
ず それゆえに地味なバイ プレイヤーだったと思うが
そんな彼の演奏をジムケルトナーは「音を合わせやすか
った」(註1)と語り トレヴァー ローレンスは「音
の高低が少ない演奏だ」と指摘する そしてクラウス自
身「ポールの真似はしなかったよ」と述懐する
実際こちらの記憶を辿っていっても クラウスのベース
はぼんやりとした輪郭しか伴わない 例外的にはカーリ
ーサイモン「うつろな愛」(you're so vain ) でのイント
ロがあまりにも有名だろうが たとえばポールやリース
クラーのように綺麗な裏メロ(註2)を取っていくので
もない ましてフィル レッシュなどの飛ぶベースとは
真逆の大人しさだ つまりベーシストらしいベーシスト
だと
いるべきところにいた人 in the right place right
timeな人物だったと思う ビートルズ周辺の単なるごろ
つきや取り巻きでは これほどまでにメンバーから招集
されなかったろうし 愛されもしなかっただろうが や
はりクラウスの知的で 理性的な部分は何らかの形で
あの四人に影響を与えたはずだ そういえばハンブルグ
時代のバッドボーイズ風のファッションを改めさせたの
が クラウスだったという証言も興味深い
音楽と美術の間を自由に行き来して ドイツを振り出
しにロンドン、ロス、ニューヨークを駆け巡ったその半
生 それでも魑魅魍魎とした音楽業界が嫌になって最後
には生まれ故郷のドイツへと戻ってしまうクラウス け
っして派手ではないが そんな生き方がある意味一番幸
わせなのかもしれないな と ふと思った
そして番組の終盤で「もうジョンもジョージもいない」
とクラウスが呟くときの蒼茫感はどうだろう
もう今の時代では 恐らくクラウスのようなタイプの演
奏家はあまり必要とされないんだろうな 妙な言い方だ
が そんなことを思うと何とも言えない寂しさが込み上
げてきた
「クラウスって譜面も読めないんだぜ」
かつて一世を風靡した日本人アレンジャーは
そう得意げに言いふらしていたそうだ
その話を聞いた鈴木博文さんは
こんな風に感じたという
「こいつは クラウスのことを何も解っていないな」と
註1:フォアマン=ケルトナーのリズム隊が聞き出せる
のはニルソンの70年代後半の作品や ヴァン ダイク
パークス『ヤンキー リーパー』(75年)などが代表作
だろう
註2:ポールの演奏でいえば 例えばwith a little help
from my freiends やsomethingでの メロディアスで
流れ出すようなベースランを思い起こされたし ちなみ
にsomethingのバングラデシュ ヴァージョンはクラウ
スによる演奏であり 両者の資質の違いがよく解る

クラウスがデザインした『リヴォルヴァー』(66年)
独自の曲線による筆使い 写真とのコラージュ
そしてモノクロームで統一されたダークなトーンなど
まさにポップ アートの先駆と呼ぶべきもの
音楽の方も ティーンホッパーとしてのビートルズの
面影はもはやない


ともに73年の『リンゴ』に封入されたブックレットより
上は「シックス オクロック」下は「ユー アンド ミ
ー」の歌詞に対応する 右下にはクラウスのサインも添
えられていた
”All You Need Is Kraus" (09年 ドイツ制作)をNHK
衛星の再放送で見た 番組の内容は70歳を迎えソロ ア
ルバムを作る決心をしたクラウスのレコーディング風景
を追いながら ビートルズと出会ったハンブルグ時代に
始まり セッション ベーシストとして多忙を極めた70
年代や 本職である美術(アート)を回想していくとい
うもの
クワイエット マンというか 常に控えめな態度を崩さ
ず それゆえに地味なバイ プレイヤーだったと思うが
そんな彼の演奏をジムケルトナーは「音を合わせやすか
った」(註1)と語り トレヴァー ローレンスは「音
の高低が少ない演奏だ」と指摘する そしてクラウス自
身「ポールの真似はしなかったよ」と述懐する
実際こちらの記憶を辿っていっても クラウスのベース
はぼんやりとした輪郭しか伴わない 例外的にはカーリ
ーサイモン「うつろな愛」(you're so vain ) でのイント
ロがあまりにも有名だろうが たとえばポールやリース
クラーのように綺麗な裏メロ(註2)を取っていくので
もない ましてフィル レッシュなどの飛ぶベースとは
真逆の大人しさだ つまりベーシストらしいベーシスト
だと
いるべきところにいた人 in the right place right
timeな人物だったと思う ビートルズ周辺の単なるごろ
つきや取り巻きでは これほどまでにメンバーから招集
されなかったろうし 愛されもしなかっただろうが や
はりクラウスの知的で 理性的な部分は何らかの形で
あの四人に影響を与えたはずだ そういえばハンブルグ
時代のバッドボーイズ風のファッションを改めさせたの
が クラウスだったという証言も興味深い
音楽と美術の間を自由に行き来して ドイツを振り出
しにロンドン、ロス、ニューヨークを駆け巡ったその半
生 それでも魑魅魍魎とした音楽業界が嫌になって最後
には生まれ故郷のドイツへと戻ってしまうクラウス け
っして派手ではないが そんな生き方がある意味一番幸
わせなのかもしれないな と ふと思った
そして番組の終盤で「もうジョンもジョージもいない」
とクラウスが呟くときの蒼茫感はどうだろう
もう今の時代では 恐らくクラウスのようなタイプの演
奏家はあまり必要とされないんだろうな 妙な言い方だ
が そんなことを思うと何とも言えない寂しさが込み上
げてきた
「クラウスって譜面も読めないんだぜ」
かつて一世を風靡した日本人アレンジャーは
そう得意げに言いふらしていたそうだ
その話を聞いた鈴木博文さんは
こんな風に感じたという
「こいつは クラウスのことを何も解っていないな」と
註1:フォアマン=ケルトナーのリズム隊が聞き出せる
のはニルソンの70年代後半の作品や ヴァン ダイク
パークス『ヤンキー リーパー』(75年)などが代表作
だろう
註2:ポールの演奏でいえば 例えばwith a little help
from my freiends やsomethingでの メロディアスで
流れ出すようなベースランを思い起こされたし ちなみ
にsomethingのバングラデシュ ヴァージョンはクラウ
スによる演奏であり 両者の資質の違いがよく解る

クラウスがデザインした『リヴォルヴァー』(66年)
独自の曲線による筆使い 写真とのコラージュ
そしてモノクロームで統一されたダークなトーンなど
まさにポップ アートの先駆と呼ぶべきもの
音楽の方も ティーンホッパーとしてのビートルズの
面影はもはやない


ともに73年の『リンゴ』に封入されたブックレットより
上は「シックス オクロック」下は「ユー アンド ミ
ー」の歌詞に対応する 右下にはクラウスのサインも添
えられていた
2010/1/31
1月31日 晴れ



2010/1/30
1月30日 晴れ
今日は 今年初めての東京ローカル ホンクのライヴを
見に 所沢のmojoまで行きました
駅前に集合するのは 所沢ギャングスターズ(笑)

実はぼくは 10代をこの町で過ごしたのですが
いつの間にか町は こんなおサレになっていた(笑)

鈴木慶一の目に止まったというCeroは音響的な
アプローチが すごく新鮮でした
音色の粒立ちがきれい!
続く福岡英朗は 自身のレスポールと向き合いながら
率直な歌をきっちりと 正直に
こういう人 好きになるかも
そして いよいよ東京ローカル ホンクの登場です
本番前の彼らを紹介しましょう

ホンクの屋台骨をがっしりと支えるリズム コンビが
左の新井健太(b、vo) と田中邦雄(ds,vo) の二人
何やら照れていますが このリズム セクションこそが
きちんと”歌”を運び込み 聞き手へとしっかり届ける
”解っている” 演奏家なのです
さて そんな彼ら四人が揃いました
とても愉快な四人 バンドという共同体の楽しさ
そんなことを ぼくは ときどき思ったりします
本番前の この余裕!
ぼく:「今日のオープニング曲は何かな?」
ホンクメン:「さあ、どうでしょう(笑)」
(写真をクリックしていただければ 四人が)

左から 木下弦二(vo, g) 井上文貴(g,vo)
新井健太(b,vo) 田中邦雄(ds,vo)
もう長い歳月 彼らの信頼関係は続いています
「ローマは一日して成らず」^0^
バンドっていいなあ 一緒に音を出すって素敵だなあ
本日の一曲目はツアーソングとでもいうべき
「車のうた」でした
次が確か「ハイウェイ ソング」
(正確なセット リストは以下の通りです)
http://d.hatena.ne.jp/QRR/20100130
4曲目くらいが 「いつもいっしょ」でした
「もしも明日すべてが消えるとしても お前は今日の
花たちに水をやるのだよ」
「草のなかに 僕はいるよ 雲のなかに 僕はいるよ」
(「いつもいっしょ」より)
一見 何の変哲もない歌詞ですが
彼らはそれを”動詞” へと導き
そっと運び込んでいきます
そんな営為 そんな心映え
ぼくがホンクを好きになった理由のひとつかも
今日はデルフォニックス「ララは愛の言葉」を
引用するという茶目っ気も^0^
拍手が鳴り止みません 最後のアンコールは
楽しく切ない「サンダル鳴らしの名人」でした
ハンド クラッピングとオフ マイクでの歌
つまりアカペラでの歌とコーラスが
会場をずっと ずっと満たしていく
彼らの実力を垣間みる瞬間です

また お会いしましょう

こんな丁寧なパンフも 味わいがあるね

最後にこんなこと 書いちゃったりして

見に 所沢のmojoまで行きました
駅前に集合するのは 所沢ギャングスターズ(笑)

実はぼくは 10代をこの町で過ごしたのですが
いつの間にか町は こんなおサレになっていた(笑)

鈴木慶一の目に止まったというCeroは音響的な
アプローチが すごく新鮮でした
音色の粒立ちがきれい!
続く福岡英朗は 自身のレスポールと向き合いながら
率直な歌をきっちりと 正直に
こういう人 好きになるかも
そして いよいよ東京ローカル ホンクの登場です
本番前の彼らを紹介しましょう

ホンクの屋台骨をがっしりと支えるリズム コンビが
左の新井健太(b、vo) と田中邦雄(ds,vo) の二人
何やら照れていますが このリズム セクションこそが
きちんと”歌”を運び込み 聞き手へとしっかり届ける
”解っている” 演奏家なのです
さて そんな彼ら四人が揃いました
とても愉快な四人 バンドという共同体の楽しさ
そんなことを ぼくは ときどき思ったりします
本番前の この余裕!
ぼく:「今日のオープニング曲は何かな?」
ホンクメン:「さあ、どうでしょう(笑)」
(写真をクリックしていただければ 四人が)

左から 木下弦二(vo, g) 井上文貴(g,vo)
新井健太(b,vo) 田中邦雄(ds,vo)
もう長い歳月 彼らの信頼関係は続いています
「ローマは一日して成らず」^0^
バンドっていいなあ 一緒に音を出すって素敵だなあ
本日の一曲目はツアーソングとでもいうべき
「車のうた」でした
次が確か「ハイウェイ ソング」
(正確なセット リストは以下の通りです)
http://d.hatena.ne.jp/QRR/20100130
4曲目くらいが 「いつもいっしょ」でした
「もしも明日すべてが消えるとしても お前は今日の
花たちに水をやるのだよ」
「草のなかに 僕はいるよ 雲のなかに 僕はいるよ」
(「いつもいっしょ」より)
一見 何の変哲もない歌詞ですが
彼らはそれを”動詞” へと導き
そっと運び込んでいきます
そんな営為 そんな心映え
ぼくがホンクを好きになった理由のひとつかも
今日はデルフォニックス「ララは愛の言葉」を
引用するという茶目っ気も^0^
拍手が鳴り止みません 最後のアンコールは
楽しく切ない「サンダル鳴らしの名人」でした
ハンド クラッピングとオフ マイクでの歌
つまりアカペラでの歌とコーラスが
会場をずっと ずっと満たしていく
彼らの実力を垣間みる瞬間です

また お会いしましょう

こんな丁寧なパンフも 味わいがあるね

最後にこんなこと 書いちゃったりして

2010/1/30
ライ麦畑の捕手になって 文学
JDサリンジャー氏が27日、ニューハンプシャー州
コーニッシュの自宅で亡くなった 91歳だった
代表作はむろん『ライ麦畑でつかまえて』(catcher
in the rye)
このlogを読まれている方なら 十代の頃
野崎孝の翻訳で親しまれたかもしれない
毎日新聞29日の夕刊には 作家の角田光代さんが
こんな感想を寄せている
「当時自分にピッタリくる言葉が見つけられなかった
が、こんな近しい言葉で語ってくれる小説の主人公が
いるのだと知り、うれしかった。身近な素材でも文学
に成り得ると考えた最初だった」
隠遁生活が長かったせいもあり伝説の作家とも呼ばれ
たが その遺伝子は 後続する者たちへと受け継がれ
ている それは 現代という荒野の淵に立ち それで
も捕手にならんとする すべての者たちの聖域なので
ある

フォークシンガー、サミー ウォーカー76年のワー
ナー盤 このアルバムにはその名もcatcher in the rye
というサミーの自作曲が収録されている これもまた
音楽と文学との幸福な関係を物語る一例だろう

コーニッシュの自宅で亡くなった 91歳だった
代表作はむろん『ライ麦畑でつかまえて』(catcher
in the rye)
このlogを読まれている方なら 十代の頃
野崎孝の翻訳で親しまれたかもしれない
毎日新聞29日の夕刊には 作家の角田光代さんが
こんな感想を寄せている
「当時自分にピッタリくる言葉が見つけられなかった
が、こんな近しい言葉で語ってくれる小説の主人公が
いるのだと知り、うれしかった。身近な素材でも文学
に成り得ると考えた最初だった」
隠遁生活が長かったせいもあり伝説の作家とも呼ばれ
たが その遺伝子は 後続する者たちへと受け継がれ
ている それは 現代という荒野の淵に立ち それで
も捕手にならんとする すべての者たちの聖域なので
ある

フォークシンガー、サミー ウォーカー76年のワー
ナー盤 このアルバムにはその名もcatcher in the rye
というサミーの自作曲が収録されている これもまた
音楽と文学との幸福な関係を物語る一例だろう

2010/1/29
1月29日 晴れ

『ディス イズ イット』にも『アダパー』にも
まったく興味はありません
たとえ無料でも 観に行こうとは思いません
グラミー アワード やホール オブ フェイムにも
まったく関心が向きません
どれだけ売れたかとか 話題になってるからとか
そういう類いの話には 馴染めません
何故なら それは音楽の周辺に関する事柄であり
思惑であり また結果に過ぎないからです
そこに本質は何もありません
音楽を そういう言葉で貶めないでください

そしてウィンウッドは 今日もまた
自分の語法で音楽を紡ぎ出しています

other shore

