東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/9/14

信念の人、マーシャル・チェス  Rock N Roll

明日15日発売の『レコード・コレクターズ』誌に
私が取材したマーシャル・チェス(註)のインタヴュー記事が
掲載されています

チャック ベリーの小特集に因んで行われたもので
チャックのことは勿論 チェス スタジオのことや
ストーンズのことも印象深く語ってくれました
ちょうど巻頭特集は72年のストーンズなので うまく
話を符合させることも出来ました

単にインディペンド レーベルの社員としての野心が
音楽的成果へと結びついていった”いい時代”の話とい
うだけでなく マーシャルさんの信念が強く感じら
れた取材でした 最後には私に関して(お世辞もあ
ると思うけど)「とてもいい質問をしてくれた!」
と言ってくれました 嬉しいなあ^0^

チャック ベリーからストーンズまでを見渡してきた
いわば歴史の証言者であるマーシャル チェス
もしよろしければ記事を読んでみてください

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(註)マーシャル・チェス

現在チェス レコード アーカイヴスの代表管理人を務める

レナード チェスとフィル チェスの兄弟が1950年に設立
したチェス レコードは言わずと知れた黒人音楽の名レーベ
ルだが レナードの息子であるマーシャルも 早い時期から
チェスの社員としてレコーディング現場と関わっていった

64年にはローリング ストーンズの2枚めのLP『12×5』
のロケーションも担当 その後はカデット レーベルを立ち
上げ マディ ウォーターズ『エレクトリック マッド』
(68年)や『ハウリン ウルフ アルバム』(69年)と
いった意欲作をプロデュースした

70年になるとミック ジャガーと意気投合して ローリン
グ ストーンズ レーベルの初代社長に就任し 来るべき
ストーンズの黄金時代へと舵を取っていく なお今秋初公開
されるストーンズ72年のツアー ドキュメント『レディ−ズ
&ジェントルメン』(当時未公開)の映画では エグゼクテ
ィヴ プロデューサーとしてマーシャルの名が記されている

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「確かにチャック ベリーはとてもユニークでエキセントリッ
クな男だ 自分で決めたルールで物事を進めることにまったく
躊躇しない 自分のやりたいことに関しては絶対に譲らないけ
れども 私は嫌な奴だと思ったことは一度もない 世間一般で
は扱いにくい男だと言われているが 私の(チェス)一族とモ
メたことはまったくないよ 私の父とチャックとはいい友だち
で いい関係だった」(マーシャル・チェス)



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