2009/11/4
意味を求めない作家〜小川洋子のこと 文学
小川洋子の「夕暮れの給食室と雨のプール」
(『妊娠カレンダー』文春文庫に所収)を
再読した
美しい
彼女の作品の殆どを読んでいると思うが
小川の静謐さが短編のなかに凝縮されている
一編として そっと人に教えたい
10代や20代が欲する読書
あるいは近代文学と呼ばれるジャンルは
とかく意味を求める傾向があると思うけれども
そうした点で 小川作品は”意味”に絡め取られて
はいない
むしろ彼女は一貫して声を発さないものに目を向け
それらが発する言葉にならない言葉に耳を傾けてき
た それは匂いであり 色彩であり 肌に触れてく
る感触である あるいは直感のようなものかもしれ
ない
それにしても「夕暮れの給食室と雨のプール」に
於けるイメージの奔流は 読む者を黙らせる
読み手それぞれが夕暮れの給食室や雨のプールを
感じ取り そこに思い馳せる
たぶん それがすべてであろう
意味はあとから付いてくる
意味はけっして付いてこない
そうした沈黙のなかで
私は小川洋子という人の海底へと触れてゆく
私に意味はない
だからこそ 意味は私を規定しない
(『妊娠カレンダー』文春文庫に所収)を
再読した
美しい
彼女の作品の殆どを読んでいると思うが
小川の静謐さが短編のなかに凝縮されている
一編として そっと人に教えたい
10代や20代が欲する読書
あるいは近代文学と呼ばれるジャンルは
とかく意味を求める傾向があると思うけれども
そうした点で 小川作品は”意味”に絡め取られて
はいない
むしろ彼女は一貫して声を発さないものに目を向け
それらが発する言葉にならない言葉に耳を傾けてき
た それは匂いであり 色彩であり 肌に触れてく
る感触である あるいは直感のようなものかもしれ
ない
それにしても「夕暮れの給食室と雨のプール」に
於けるイメージの奔流は 読む者を黙らせる
読み手それぞれが夕暮れの給食室や雨のプールを
感じ取り そこに思い馳せる
たぶん それがすべてであろう
意味はあとから付いてくる
意味はけっして付いてこない
そうした沈黙のなかで
私は小川洋子という人の海底へと触れてゆく
私に意味はない
だからこそ 意味は私を規定しない

