東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/3/31

確定申告とアレックス チルトンそして孤独  Rock N Roll

先日行った確定申告の還付金が振り込まれていた

私のような超絶個人零細業者にとっては もう涙涙の臨時収入であるが(笑)
これとて無情な一定税率によって吸い込まれてきた結果の
還付と思えば  単純に喜べないですよね、、、
(とここで ビートルズ「タックスマン」を)

何もない 金もない すがるべき権力もない
そんな時の答えは きちんと
アレックス チルトンの音楽に舞っている

低予算極まりないメンフィスのアーデントスタジオで 他人のラヴソングばかりを
愛しそうに歌う『loose shoes and tight pussy』
(なんて最高で最低なアルバム表題!)には
チルトンの孤独だけがスタジオの冷たさと共鳴し
他人によって作られた愛の歌が ただ木霊している
それも アレックスを包み込むように

多くの無駄を省いていけばいい
一流のプロデューサーも バッキングも要らないさ

そんな時の道筋として
アレックスのそのアルバムは
今日も流れ星のように
そこにある

ひょっこりと顔を出す
















2008/3/31

voices inside  

たとえばニール ヤングという人は 少なくとも
自分がどう思われているとか どう見られているとかは
まったく意に介さず
自分と世界との関係がどうあるべきかだけを考えて
音楽を作っているような気がします

そうした姿勢はときに所属レコード会社との軋轢を生み
特定のイメージを求めるファンからも
理解を得られなかったりしますが
もし彼がそこで正直であることが出来れば
僕はそれでいいと思います

この種の窮屈さというのが 世の中には溢れています
自分の意見を述べるのもままならないような ”均一化”
そんな息苦しさや苛立ちを 僕は感じてなりません

音楽を取り巻く状況もそうだし
行き過ぎた規制緩和や
市場原理の露骨な導入にしても
また然り

そんな時は 内なる声に従えば
それでいい


2008/3/30

コヨーテは歩いていく〜3月29日  Rock N Roll

佐野元春&ホーボー キング バンドのツアー ファイナルを
渋谷のNHKホールで見た
今回は僕としても 関東の計5カ所でツアーの部分部分に触れ
とても いい体験をした

彼ほどのキャリアになると
時代時代に鮮やかな刻印を残していった広範な楽曲を
3時間のステージに落とし込んでいく作業自体とても大変なのだろうが
それぞれの曲が連鎖し合って大きな流れを作っていく様は
とてつもなく逞しいものだった

意図してシリアスなナンバーを外していき
ハッピーな感情をもたらしていく曲を並べる構成にも
かえって 今という時代が抱えた困難さと対峙するかのような
そんな切なく懐かしい響きをもたらせていったようにも思う

ときどき どうして僕はこれほど佐野元春のことが気になるのか
そんなことを考える夜がある
眠れない夜に考えることがある

そんな気持ちは
歳を重ねるごとに 高まっていく
そんな感情は
行く道が閉ざされるほどに 強くなっていく

たとえ風向きが変わったとしても
きっと 彼は歌い続けるだろう
きっと 僕は彼を聞き続けることだろう



















2008/3/29

work to do  

そしてまた別に進めてプレゼン予定なのが デニー奥山氏と僕とのコラボ企画
です(奥山さんのblogでその洗練されたカンプが見れますので是非)
相変わらず音楽書といえば 芸のない名盤ガイドみたいなものばっかりで
がっかりな今日この頃なのですが 結果はともかく俺らはやります(笑)
このページは出版界の方も見てらっしゃると思いますので
感想を聞かせてください

フリー歴20年のデニー奥山さんのブログは
僕のリンク集から入れますが
俺らがやっていることを ケッ! などと思っている輩
もしくは単に世渡り上手の業界人(註1)は見なくてケッコーです(苦笑)


註1 「単に世渡り上手の業界人」
自らの信条や審美眼をかなぐり捨ててまで著名な人間に
喰らい付いていこうとする心性の人物
もしくは昨日の真実を今日の嘘と平気で言う厚顔無知な輩のこと
権力志向剥き出しの人物と言い換えても 問題はあるまい

    
    



2008/3/26

mose is not holly moses  

カクタスからコステロ
またはレイットからベターデイズ
あるいはブルースブレイカーズまで
モーズ アリソンの曲をカヴァーした音楽家は
古今東西 数知れずなのだが
いかに?

シドラン教授は言う「歌詞がユニークでまさにそこに何かが起こっているという感じなんだ」

というわけでモーズを最近聞き直しているのですが
確かに殆ど禅のような世界ですな、、、

ちなみに 88年に組まれたプレスティッジ時代のモーズ ベストには
彼の代表曲「イフ ユー リヴ」を引用しつつ
ピート タウンシェンドがこんなライナーを寄せている

well lf you live
your time will come
i say if you live
your time will come

so child dont mess with the cotton sack
its gonna scratch your shoulders and bend your back

if you live
your time will come
it came , MOSE, it came

ここにはほとんど哲学的なまでの
人生への考察がある

ピアノ トリオによる音も
まさに 隙間だらけの腹八分目なのだった












2008/3/25

3月25日  

とある音楽雑誌の編集者と打ち合わせついでに
江古田でちょっと一杯のつもりが
いつの間にか 2時間半くらいに

話しはむろん音楽のことから
原稿のこと
はては東京で暮らしていくことの大変さまで

音楽メディアが活字として生き長らえるのであれば
喜んで その最終地点まで









2008/3/24

small town talk  

たかだか飲む店を変えるくらいでどうしてそんなにボロクソ言われなければ
いけないのか? とまあ普通は思うのだが 人々のレベルなんていうものは
およそそんなモン ロック バーを巡る客の奪い合い、、、醜いもんでございます
どんな店でも通いつめれば飽きるのが常 それを宗派替えのように言う人間の
品性のなさよ、、、

「音楽があるから店を続けてきたけれど単なるスナックだったらとっくに
辞めていました」とはある店主の告白だが
カウンター越しに邪悪なものを見てしまう旨
同情します

私の場合 正直交通費もままならない状態であるからにして、、、
こればっかりは自営業の方しか判らない感覚かもね




2008/3/23

3月22日  

終日ひたすら原稿書き

ボニー レイットのCDライナー4000字×2点、デイヴ エドモンズの音楽論2800字、
同じくエドモンズのアルバム レヴュー×7点、シドラン&フェイム取材のテープ起こしなど、、、
毎月平均この位の原稿依頼があって欲しいのが正直なところだが
こればっかりは相手あってのよろず業だから

それにしても 人付き合いの苦手な僕がよく24年間も
サラリーマン(営業職は10年以上)をやってきたものだと
我ながら感心する
会社を辞めてから はや1年経つけれども
何だか すごく昔のことのように思えてならない

自由業の難しさはオフとオンの切り替えかもしれない
僕自身 休めばいい日も つい原稿を書いてしまったり
近頃のように心がまったく晴れない日々は 余計な思いに浸ってみたりと
なかなか精神状態を均衡に保つことが難しかったりする

それでも 移り変わる季節の動きを感じたり
太陽が東から昇り 西へと沈んでいく毎日を噛み締められるだけでも
もしかしたら とても幸せなのかもしれない
























2008/3/22

3月19日  

川口のリリア ホールにて 佐野元春&ホーボー キング バンドを見る
僕自身 今回の "sweet soul blue beat " ツアーは いろいろと考えを巡らせたいことがあって
初日の伊勢原に始まり 群馬 横浜 そして今回の川口と 
関東に限ってではあるが  自分なりに足跡を追ってきた

いくつかのマイナー チェンジが為され バンドの音が次第に固まり
飛躍していく様を目の当たりにすることは
僕にとっても  まさに特別な体験である

サウンドスケープに関するホーボー キング バンドの確かな実力に
関しては ほぼ前回までに納得ずみだったので
この川口の夜では 佐野のリリックに意識を集中してみた
そうした点から考えてみても 今回の曲配列に 佐野の大きな意識の流れや
時間というものが運び込む不思議を 感じることが出来る

成熟 再会 そしてパーティ
今回のツアーを巡るキーワードは幾つもあるのだが
同じ気持ちで歌われた違う曲が
互いに折り重なり合い 響き合い 収束していく様は
ひとつのクロニクルという以上の
価値というものを運び込んでいく

長い旅となった佐野のツアーも
いよいよ来週で終わりを迎えるけれども
ひとつのことを言うために 違う語彙を選び取っていく
彼の意識 その恒久の流れは
きっと これからも 果てることなく続いていくことだろう




2008/3/22

音楽という列車に乗って  

シドラン&フェイムの取材を 東京タワー近くの とあるカフェにて行う
フェイムさんには15年ほど前にも一度インタヴューしたことがあるせいか
終始リラックスして二人の話しを聞くことが出来た

音楽的バックグラウンドの微妙な違いがキャリアとともに接点を持って
いったこと ヴォーカリーズの意義 モーズ アリソンが書くリリックの含蓄
スムース ジャズはやはり好きになれない(ハード バップで育った)こと
フラミンゴ デイズに於けるブルー ビートのこと
そしてヴァン モリソンの声はデカいこと(笑)などなど

各社の取材が集中していたため 時間こそ短めだったが
それでも いろいろな話を聞くことが出来た
二人は言う
「僕たちは音楽という長距離列車に乗って旅をしているような存在なのかも
しれない その途中の駅で 誰が新しく乗り込んでくるかは自由なんだ」


 

2008/3/19

3月17日  

現在来日中のベン シドラン&ジョージィ フェイムのライヴを
有楽町のコットン クラブにて楽しんだ
シドランのハード バップ指向とフェイムのR&B感覚が何とも絶妙に
混ざり合っていく様は まさに異なる背景と同じ気持ちとが音楽というキャンバスの
なかで溶け合い 結晶していくことを確信させてくれた

今週末に行われる取材でも
ぜひ そうしたことを中心に二人の会話へ耳を傾けたいと
思っている

僕が見たのは初日の しかもファースト ショウだったので
たぶん今後はもっと音が固まり グルーヴはきっと増していくことだろう

それにしても ”説明的” ではない音楽が そっと運び込んでくる
豊かさやユーモア そして機微に
改めて触れたような思いがする








2008/3/10

3月9日  

高円寺のレコード屋さんにて大きな収穫が2枚
ひとつはジミー リードのオリジナルVJ盤”taint
no big thing but he is " (アラスカに眠っていたという!)
もうひとつはマーク ベノ「アンブッシュ」のA&M original 
こちらはケルトナー〜レイドル以下バンド メンバーの写真を
配したインナーも素晴し過ぎます
しめて計4000円のリーズナブル

その後 荻窪のルースターノースにて
ハル宮沢率いるコスモポリタン カウボーイズの演奏を
久しぶりに楽しんだ
アイルランド音楽やカントリー音楽の出身者ではない宮沢(彼はパンク ロックに始まる)が
他ならない自分のグルーヴを通してカントリーを手元に
引き寄せていくような衝動と波長が いつものことながら
僕が最も共感する部分である

伝承歌で有名な「ウオーター イズ ワイド」にしても
イアン マッコールの「ダーティ オールド タウン」にしても
メロディという輪郭をなぞる演奏とは体温がまるで違っていた

ありきたりの挨拶はしたくないので
アンコール時に脱出


2008/3/8

フェミニズムの  

陣営というのはどうして「私は〜と思う」ではなく 昔から
「私たちは〜と思う」と勝手に複数形へとする(したがる)のだろうと
柳沢発言の時の国会答弁での辻本を聞いていて落胆したから
こともあろうに彼女は「全女性の権利〜」と言っていた
正直引く人もいると思う
正論というのはただ言えばいいというものではない
とくにi think とwe thinkとには大きな隔たりがある
奮闘ぶりは認めるが 方法を誤っては駄目だよ



2008/3/8

お返事  

てるきん様
コメントありがとうございます
少しパソコンの調子が悪いようで私の方でコメント欄への書き込みが
出来ないのでこっちに書きますね

これでもう少し貧乏でなければいいのですが(苦笑)
こればかりはなかなか厳しいです
リチャード マニュエルはやはり素晴らしいと
痛感しています

これからもよろしくお願いします

小尾 隆

2008/3/8

正義が音楽なら信用するな〜フランク ザッパが教えてくれた  

というわけで 今日は正論を言う奴ほど信用出来ないというお話
というのも ちょっと喩えは乱暴かもしれませんが
社民党の辻本クンが普段言っていることはある意味正しいのかもしれません
しかし こんな女が普段近くにいたら疲れるだけだよなあ というのは
多くの人の本音かもしれません
そこら辺で正義を振りかざしている共産党や公明党のおばちゃんでも
まったく同じことなのですが
彼らに欠けているものがあるとすれば
それは届くべき言葉であったり ユーモアであったりします

たとえばですよ
まあ普通の人であれば戦争には反対だし 増税にも反対です
それはまさに”窮屈な正論” なんですね
治安の悪さや教育の荒廃を叫ぶことも正論でしょう
しかしそんなことばかり言っている人間はどこか
うさん臭く感じられるのもまた事実
捕鯨反対の連中にしてもまた然り
一応に思うのは彼らの余裕のなさだけだったりします
(ちなみに僕は捕鯨賛成派なのですが)

フォーク ソングもパンク ロックも残念ながら
そうした罠にはまってしまった音楽かもしれません
(だからディランもクラッシュもそこから脱皮した)
人の心を捉える音楽というのはもっと別のところにあるような
そんな気がしてなりません

よく仕事仲間と話すことは
メタファーに敏感であれ ということだったりします
古今東西 優れた表現というものはそういうものですし
そのことに気が付くという訓練もむろん必要ですね
そして わかりやすいことを疑えという態度もまた訓練に
他なりません












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