「EmpireoftheSun太陽の帝国」にてこんな記事があがってた。
「ネット右翼こそ現代の右翼!戦前右翼は時代遅れ」
http://empire.cocolog-nifty.com/sun/2008/04/post_eaf5.html
かつての右翼や、右翼(や左翼)を定義しようとしてる輩からすれば噴飯ものの言葉だろう。
が、この短い言葉がことの本質を言い当ててるとも思える。
というより
、「右翼」「ネトウヨ」と呼ばれてる者たちに、自分が右翼という自覚はないだろう。
「国を愛したら『ウヨク』と呼ばれた。
それってなに?
どんな意味があるの?」というのが本音ではないだろうか?
つまりは、左翼の大好きなレッテル貼り・決め付けである。
ばかばかしい。
時代によって、人によって、掲げる標語は違うだろう。
だが右翼とは、
「今生きている場所、ともに生きてる同胞を大事にする」
という部分は常に共通しているではないだろうか?
そのために、
・今までうまく運営してきた諸制度を大事にする
・制度となってなくても、なんとなく存在する慣習や伝統を大事にする
のではないだろうか?
左翼とはこういったものの正反対にあるものだ。
そんなことをする理由は、「俺が良ければそれでいい」というものだろう。
左翼の連中が政権を握った後でおこる権力争いや、国民への弾圧を見ればそれが良くわかる。
今の日本でも、人権派とかいって犯罪者を擁護する安田弁護士などを見れば、
「ああ、これが左翼か」
と直観的にわかるだろう。
百聞は一見にしかず、という言葉通りである。
だからこそよーめん氏が言うような「右派単独政権」が必要となってくる。
これが極端だと思うあなたは、相当左翼に洗脳されている。
左翼は、一見もっともそうなことを言って、その実平和な世の中をみだす連中である。
火のないところに火種をつくり、煙どころか盛大な炎上を引き起こす。
連中が取り上げる問題というのは、たいして問題でもないことが大半である。
あるいは、人間が人間である以上絶対に発生するようなものが大半である。
やたらとくどいくらいこのブログで取り上げてる格差問題もそのひとつである。
人間が一人ひとり才能・能力・経験が違う以上格差が生じるのは当然である。誰かが意図しなくても格差なんてのは出てくる。
また、人権というのもそういった差を考慮しない。
人間は平等、と言うが、平等なわけがない。
犯罪を犯した人間が、まっとうに生きてる普通の人と同じなわけがない。
犯罪を犯してない人間の間ですら、世の中に貢献してるような偉大な人物と、世の中に数多くいる大勢の一般人では大きな差がある。
人権のもとになってる「人間は平等である」という考えはこれを根本から無視する。
だから「殺人犯にも人権がある」という寝言が出てくる。
そして、「人殺しだからといって人間として扱わないのはおかしい」という、それこそおかしな言葉が出てくる。
結えなく人を殺すような輩が普通の人間と同じであるわけがない。
人が人としてまともに暮らしていくならば、どうしても格差は発生する。
人間にはその人格などで絶対に上下がある。
その差を認めるからこそ、適切な待遇というのが発生する。
良い人には良い待遇を、悪い人には悪い待遇を、と。
世の中に貢献する人には、賛辞と豊かな生活が。
世の中を害した人でなしには、侮蔑と排斥、場合によっては死が与えられる。
それの何が悪いのだろうか?
仮にすべての人間に同じ待遇を与えよう。
人に害をなそうが何をしようが何のお咎めもないならば、何でもやったほうがいいではないか。
他人を出し抜き、他人を踏み台にし、自分のことだけしか考えてなくても何の問題もないならば、どれだけ人を傷つけてもいいではないか。
そして、こういう自分勝手なことを実行に移すのが犯罪者であろうが。
それを差別というなら差別だろう。
だが、差別の何が悪いのか?
理解に苦しむ。
というか理解できない。
納得なんかもっとできない。
左翼のたわごとに多くの人間が首をかしげるのは幸いである。
左翼は自分の邪悪な本心を隠すために美辞麗句を並べて重ねる。
だが、連中の述べる言葉の中に、その態度や表情に胡散臭いものが漂うのだろう。
人はそれを敏感に察知している。
だから左翼は大きな支持を得られない。
よくよく聞いてみれば、左翼の主張はうそにまみれてることに気づくだろう。
それは、そのとおりに実行すれば必ず、
秩序の崩壊
になり、
自由の喪失
に陥る。
多くの人が勘違いしている(というか俺も勘違いしていた)ことだが、
「自由と秩序は反発しない」
「自由と秩序は互いを補い合う関係」
にある。
秩序のない自由は、犯罪者の横行する無法地帯でしかない。
そこは力がすべてを支配する地獄となる。
一方で
自由許さない秩序は、抑圧・弾圧であり、これまたどこかの誰かの都合のいい体制となる。
左翼の中で、いわゆる体制打倒を叫ぶ団塊の世代のような馬鹿が無法地帯を求める左翼であろう。
そして、ソ連や中国、北朝鮮のような独裁者を求めるのが規制や抑圧を好む連中である。
左翼とは自由か秩序のどっちかしか求めない連中である。
あるいはそのどっちも選ばない連中であろう。
本当に大事なのは、秩序と自由の両方を手にすることである。
わがままを許さない程度に自由を。
悪いこと以外を許す規制(秩序)を。
それがなんとなく本能的にわかってるからこそ、人は左翼を毛嫌いするのだろう。

0