「再開十四回目 単に昔を懐かしんでるだけじゃない?」
・・・・格差の問題化
・・・・・・これはたんなる想像だが。
戦後の焼け野原の頃。
誰もが同じように底辺にいたころ。
少なくとも今より「格差」なんてものがなかったころ。
皆が肩を並べていなければいけなかったころ。
肩を並べざるを得なかったころ。
共に共通の目的に向けて行動しなければならなかったころ。
他に選ぶ選択肢がなかったころ。
そういうのを懐かしんでるだけじゃねえのか、と思い始めた今日この頃です。
人が何を懐かしむのかはそれこそ人それぞれなのだろうが、
「共に肩を並べて同じ目標に向けて頑張っていた」
というのは、感傷をさそうものなのではないだろうか?
大きな夢に向かって何かをしている。
必死になって共に励んでいる。
うーん、スポコン漫画みたいだ。
「みんなでがんばろう!」
というかけ声のもと、必死になって練習し、大会の優勝を目指している姿を想像してしまう。
格差を嫌がる連中ってのは、そういう時代を懐かしんでるだけなんじゃねえのか、と思ったりもする。
もちろん全員がそうだ、とは思わないが。
でも、どこかでそういう気持ちがあるんじゃないのかねえ?
戦後の焼け野原。
多くの者が底辺においおとされたあの瞬間。
これじゃダメだ、と『復興』という目的に向かって誰もが肩を並べていた瞬間。
否応なく醸し出された「連帯感」に、「僕は一人じゃないんだ!」と某エヴァンゲリオンのシンジ君のような気持ちを抱いていたんではないだろうか?
「僕はここにいてもいいんだ!」
とそれぞれの持ち場、仕事場、立場で思ってたんではないだろうか?
で、その結果。
豊かになり、様々な選択肢があらわれる中で、人は結構自由に色々な道を選択できるようになった。
で、連帯感は失われた。
「これではいけない!」
と危機感を抱いた連中が、
「格差が発生している」
と騒ぎ始めた。
あるいは、同じようにがんばってはずなのに、
「どうしてアイツは出世するんだ!」
と嫉妬した。
横並び一直線。
誰もが同じ地位にいたはずなのに、いつの間にか待遇のよくなったやつと、待遇の変わらないやつがあらわれてきた。
で、そういう連中が叫ぶわけだ。
「これは格差だ!」と。
全くの想像なので本当のところはどうか分からない。
が、そういうところが有るんじゃないのか、団塊の世代。
ついでに言えば。
安保闘争なんかを懐かしむアホもいるかもしれんが。
たんに革命の理想に酔ってたんではなく、
「みんなと一緒」
という感覚を楽しんでただけじゃねえのか?
それこそ甲子園目指してる野球部と同じで、
「革命を目指している学生運動部」
という部活動・サークル活動を楽しんでたんでは?
そう考えると、暴動は大会のようなもの。
とんでもなく迷惑な部活動だな、オイ。
で、そういう時代を懐かしむわけだ。
「あの頃は楽しかった」と。
で、出てくる言葉が、
「理想はくじけたけど、俺達は熱かった」
というような台詞。
これは、
「優勝は出来なかったけど、みんなで頑張ってたよな」
というのと同じ。
優勝を革命に変えればまあ、意味は通じるでしょう。
そんな事を考えたり考えなかったりする。
けどさ。
そういう刷り込みみたいな感覚で馬鹿を繰りかえすなよ。
いい加減自分のやってるのがテロ行為であることを自覚してくれ。
いや、テロリズムをやりたい、というならもうどうしようもないが。