まだ続く格差問題についての能書きだが。
その前に本日の朝日新聞大将軍様の本日(平成20年四月四日)の二面には反日映画「靖国」の上映自主規制残念記事がでかでかと載っていた。
思わずつぶやいた。
「ざまーみろ」
こんなでっかい記事にするほど悔しかったんだね。
もう笑いが止まりません。
ただ、同じ紙面で「日本の学校制度が海外で評価されている」という記事もあった。
笑えるのが、「ゆとり教育の教科書は参考にならないから資料として見せられない」というような内容の文面。これも笑った。
ざまーみろ、ゆとり教育派。
でも、こういう記事をいっぱい書くなら、
朝鮮
日報
新聞を購読してもいいんだけどねえ・・・・。
では、本題に入る。
いわゆる右翼を自称する連中。
あるいは保守派。
あるいは愛国者。
これらを自称する連中で格差を排除しようと言う馬鹿がいるのが信じられない。
格差を排除すると言うことは、身分・立場を排除する事である。
ということは、格差排除を叫んでる右翼は、「皇室の排除」を叫んでる事になる。
その事に気付いてないのだろうか?
日本の究極の格差は、皇室とそれ以外の日本人だろう。
この格差を何と考えてるのだろうか?
にも関わらず格差を否定する右翼・保守派・愛国者がいるというのは驚きである。
オマエラは共産主義者か。
この明確な格差を前にして、「格差を否定する」というならば、それはもう右翼・保守派・愛国者ではない。
嘘を吐いてる左翼としか言えない。
日本は格差社会である。
頂点に天皇陛下と皇室を戴いた、格差社会である。
これを崩壊させるというならば、それは日本社会を崩壊させると言ってるに等しい。
こういう事を実際にやった連中がいる。
戦争中の軍部である。
連中は「天皇陛下を戴いた社会主義国家」を作り上げた。
軍部は全ての物資を好きなように使った。
物資どころか人命まで使った。
戦争を理由に物資を独占し、徴兵によって人を好きなように使い、最後には特攻隊で物と命を使った。
大東亜戦争の意義についてはあらためて語る必要もないだろう。
それはとても大きなものだった。
だが、その中で行われた社会主義体制・統制体制については参考にした方がよい。
それがどれだけ国民生活を圧迫するのか、を。
まず、
「共産国家、あるいは社会主義国家は天皇陛下を戴いたままでも建造可能」
である。
だから、陛下がいれば、陛下を戴いていれば大丈夫、という安易な考えは捨てるべきである。
むしろ、天皇陛下を利用した社会主義国家・共産主義国家の建設を目論んでるバカがいると考えたほうがいいだろう。
陛下は政治的発言を控えるよう求められている。
それを利用されてしまった。
現在はそれがさらに酷くなっている。そこを俺は懸念する。
陛下が常に政治的発言をするのも問題だとは思うが、全く何も言わないのも問題だ。それは悪意有る連中につけいる隙を与える。
次に、
「物資などを一部の人間や組織が独占したらどうなるか」
という点を考えるものとして、戦時体制は優れている。
逆に言えば、
「戦時体制とは例外なく社会主義・共産主義体制」
である。
戦争にこれ程都合の良い社会体制はない。
そして、平和時にこれほど不要な体制もない。
日本の軍部は、それでもまだ他の独裁政権や社会主義・共産主義政権、ひいては左翼政権よりはましだった、と思う。
だが、そんな「まだましな左翼政権」と言える軍部にして、やはりこのような状態になってしまった。
物資をどっかに独占させる、物資をどっかに集めるような体制はやめた方が良いだろう。
同じように、
「巨大な権限を一カ所に集中させるのも危険」
と考えなければならない。
「物資も権限も、可能な限り分散させておいた方が良い。
無能なまでに無力にならない範囲で」
というような事を考える。
何も俺の独創ではない。
ハイエクや渡部昇一、中川八洋の本などを読んだ結果である。
受け売りと言ってよい。
だが、受け売りでもこれくらいの智慧はつけられるのだから、受け売りをバカにするものではないとは思う。
話が大幅に脱線したが、格差を拒否する右翼というのはどういうものなのだろうか?
陛下がいればあとは何をやってもいい、とでも言うのだろうか?
それは、
「天皇の名の下に全てを平等にした戦中の軍部」
に見えて仕方ない。
なるほど、陛下は大事にするかもしれない。国民を利用する手段として。
しかし、一般国民から財産を徴収し、己の好き勝手に使うという点では左翼となんら変わらない。
単に手段が異なるだけだ。
そして連中が唱えた言葉は昨今の格差問題を言い募る連中とほぼ同じである。
「贅沢は敵だ」
「欲しがりません勝つまでは」
それが、格差問題を声高に叫ぶ右翼というものだろう。
実質は左翼でしかない。
渡部昇一がかつて著書のなかで述べてた次のような言葉を思い出す。
「贅沢品を攻撃したり、政治の腐敗を声高に叫ぶ勢力には気を付けろ、と私の個人的体験と、ささやかな歴史的知識はいつも耳もとでささやく」
(『腐敗の時代』文庫版83ページより)

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