前回の続きみたいなもん。
景気対策とか福祉とか左翼や偽善者がほざいておるが・・・・・・政府の役目ってそんなもんか?
というような事をダラダラと書き殴っていくつもりでござんすが、その前に。
いただいたコメントのお返事をまず先に。
リンク等は基本的に自由に行って下さい。
あまり紹介するところのないブログではありますが、なんぞお役に立つところがあれば幸いです。
というところで本題の方に入りたいと思います。
雇用対策とか福祉とか、景気対策に市場介入。
まあ、この辺りが政府の役割と思われてるのかもしれませんが、「本当にそうかあ?」とケチをつけておきましょう。
そもそもこんなの政府でどうにかなうようなもんじゃない。
政府がどうにもできなかったのは、歴史が証明している。
それは今後も変わらないだろう。
変わるわけがない。
にも関わらず左翼や偽善者はこういった事を政府の仕事として求める。
なぜか?
いたって簡単な話で、
「自分が怠けて楽をしたい。
働かないでも生きていきたい」
という浅ましい考えを抱いてるからだろう。
市場介入・福祉・全員にパンを与えよう・・・・・・、などという妄想を実現したのはどこの国か、と考えて見よう。
何度も繰り返してきたが、こんな事実行したのは共産主義国家で、そんな国は例外なく国民を苦しめた。
にも関わらず左翼や偽善者は、壊れたレコーダーみたいに同じ事を繰り返す。
なぜか?
これまた理由は簡単で、
食いつきがいいからというきわめて簡単な理由による。
誰だって「タダでご飯が食えるよ〜」と言われれば乗っかりたくなるもんだろう。
だから国に福祉を要求する。
ようはタカリだ。
乞食だ。
物乞いだ。
浅ましいったらありゃしない。
では国の役割とはなんぞや。
と考えてみた。
基本的には
「貯蔵庫」ではなかろうか、と思う。
非常時に備えて食料を蓄えておく。生活物資を蓄えておく。
これが国の仕事だろう。
それを狙う
「外的からの防衛」と、内側から自然発生する
「犯罪の取り締まり」も仕事の一つと思われる。
また、災害時に誰が被害にあったのかを把握するために、
戸籍台帳などを作っておくのも仕事と言えるかも知れない。被災地に誰が住んでたのか分かれば、どこにどれだけの物資を送り込めばいいのか把握しやすい。
つまりは
「万が一にそなえる」というのが政府の仕事と言える。
市場介入はなぜ違うのか、と問われれば「そんなもの国家が介入できる代物ではない」と答えるしかない。
市場に国家が金を投入してもどうにもならんことは過去のバブルや今のサブプライムローンが証明している。
被害額が推定でも数十兆という単位(しかもこれ、ドルだったよな?)とくれば、いかに国家と言えども補填しようがない。
もうつぶれるに任せるしかない。
政府の出来る事と言えば、「
真面目に働いてただけなのに、会社が倒産して余波を食らった」人々に当面の生活費を数ヶ月ほど補填するか、お救い米(炊き出し)を数ヶ月ほど続けるくらいである。
これは災害にあった人たちに対する支援と同じようなものだ。
市場ってのは人間が作ってるものだから天災とは言い難いけど、人間の管理できる代物ではない、という点で大自然と同じようなものだ。
それを制御しよう、というのが間違ってる。
そこから出てくる力を利用する(水力発電、風力発言みたいにね)くらいに思ってないと。
で、支援だが、これを数ヶ月と限ったのには理由がある。
「無制限の支給は不可能」だからだ。
前にも言ったと思うが、無制限に支給することなど、打ち出の小槌がなければ不可能だ。
また、無制限に与え続けられれば、人間は働く気をなくす。
何もしないでも何かが与えられるなら手抜きをした方がいい、というのは古今東西の人間の性分のようだ。
北朝鮮の人間がやはりそうだと聞く。
連中は北朝鮮の体制が嫌で逃げ出してきたが、「働かざる者食うべからず」の資本主義の世の中に適応できず、北に帰ってしまうものもいるという。
そんな怠け者しか残らないから共産圏は発展しないのだろう。ソ連で立証済みだ。
となると、
無制限の支援である福祉などさっさと廃止しろ、という考えになる。
そもそも人間は働かなければ生きていけないのだ。
そして、今の世の中は過酷な重労働なんぞをしないでもそこそこ食っていける理想的な状態にある。
これ以上の社会は、ユートピア小説や漫画、そして左翼の妄想の中にしか存在しない。 俺の知る限り、今現在の日本よりましな社会というのはちょっと想像しにくい。
だって、フリーターでも一人ぐらしが出来るんですよ。
こんな社会、人類史上初ではないだろうか。
仮に初めてでないにしても、かなり希少な存在であるのは確かでは無かろうか?
そしてこんな社会を作ったのは、福祉や景気対策ではない。
一人一人の自助努力である。
自助努力とは自己責任である。
誰かに助けてもらおう、なんて浅ましい考えなんぞ存在しない。
自分の面倒は自分で見る、というきわめて当たり前の考えがこの社会を作り出した。
もし政府の行う福祉があったならば、ソ連や北朝鮮と同じ道をたどっただろう。
ちなみに、
福祉とは形を変えた配給制度だ。
国家が物資なり何なりを提供するのだから、配給制度であるのは確かだ。
さんざん
戦争中の軍国体制を非難してる左翼なのに、軍国体制において実行された配給制度を否定しないのはどういう事なのだろうか?
連中の考えはやはり理解できない。
ま、それはそれとして。
結局国家に出来る事というのは、
「起こってしまった事に対して最低限の対策を施す」
ことにつきる。
何も無かった事にはできない。
どん底よりはマシ、という程度の保証をするに過ぎない。
その程度の能力しかないのである、政府は。
どんなに人間が偉大になっても。
その辺りを忘れて、「政府なんだからしっかりしろ!」などとほざくのは、左翼と偽善者にまかせておこうや。
俺は景気対策なんかに無駄な金を使い、福祉なんてふざけたもんに金を使ってもらいたいくない。
そんな事するくらいなら、税率を下げてもらいたい。
こっちの懐から強奪し、その金をばらまく、なんてふざけた事はしないでよろしい。
まずは強奪を止めることから始めるべきである。
それこそが最高の福祉だ。
最後に、ちょっとお知らせ。
そろそろ新しいアンケートやります。
前にちょっとだけ書きましたが、こんどは
「死刑について」のアンケートです。
参加よろしくおねがいします。
開始は、たぶん今週中になると思います。

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