「アタック・・・チャンスッ!(グッとこぶしを突き出して)」
電波ゆんゆん
本筋を進める前に、
昨日のエントリのコメント欄にちーずぴざ氏から寄せられた提案について、私見を述べておくことにします。結論から言うと、ボクは氏の提案には反対の立場を取りますが、その理由を明らかにすることは、明日以降に述べる議論をご理解いただく上で有用であると思われます。
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極端な例え話から始めることにしましょう。
45-50s氏作「WAMU-HACHI ADVENTURE」のレビューの中で、俳優児玉清さんをネタにしました。これは、氏の作品がクイズ番組「ネプリーグ」を元ネタにしていることを踏まえて「パネルクイズアタック25」(とミリオネア=みのもんた)で返した、というお遊びなワケですが、この流れで(どんな流れだ?)アタック25を例に使うことにします。
第一に、ちーずぴざ氏の提案は「アタック25が面白いので、自分たちでクイズ番組ごっこをしよう」と言っているのとほぼ等価です。それはそれで面白いですが、目下ボクが問題視していることとはあまり関係がありません。一般的なVRMユーザー(視聴者)は、オフィシャル主催のレイアウトコンテスト(テレビ番組)に出場し、あわよくば入賞する(パリ旅行獲得・・・は古いか)ことに意義を見出しているのであって、コンテスト(クイズという形式)自体に本質的な魅力があるワケではない、とボクは見ているからです。もちろん、コンテスト自体に魅力を感じる方もいると思いますが、おそらくそれは、ネットVRMユーザーとボクが尊称する人たちの一部に過ぎないでしょう。
第二に、氏はVRMユーザー互選によるコンテストを想定しておられるようですが、それって
とれたてVRMそのものじゃないの?という気がします。考案者であるボク自身が申し上げるのも憚られますが、既にとれたてのホットエントリに載ること、“ネットVRM界隈の殿堂”に推挙されること、は十二分にネットVRMユーザーの日々の活動の強力なモチベーションとして作用している、と理解しています。
第三に、どうしても互選コンテストにこだわるとして、独自にコンテストを開催しなければならない理由が思いつきません。たとえば、オフィシャルのレイアウトコンテストの結果が出た後に、とれたてVRM(はてなブックマーク)や
漆黒氏が紹介してくださったアンケートシステムを使って“ネットVRM界隈特別賞”を勝手に贈ってもいいワケです、贈られた方が嬉しいかどうかは別にして。いや、それを言ったら、むしろコンテスト参加者に喜ばれるのは、その気になれば“多重投票”でどうとでも操作できるそれよりも、ネットVRMユーザー銘々の手になる作品レビューの方ではないか、という気もします。
改めてクイズ番組の比喩に立ち返りますと、ボクの問題意識は「アタック25に参加してはみたものの、児玉清がヘボで(いや、本物の児玉さんは素晴らしい司会者ですが)思ったほど面白くないし、それよりも、番組を見た人が勝手にくっちゃべってる感想(レビュー祭)の方が面白いってのはどーよ?」です。そして、先のエントリに書いた「I.MAGiCの協賛という特権的な地位」とは、それでもなお、VRMユーザー(視聴者)総体から見れば、I.MAGiCオフィシャル(テレビ番組)の権威は絶対的である、ことを意味しています。
ある意味において、ネットVRM界隈で活動しているネットVRMユーザーは、そういうテレビ的な権威に良くも悪くも馴染まない/馴染めない人たちだ、と言うことが出来るかも知れません(一方で、現在のネットVRM界隈は“とれたてVRM”という第二のテレビに依存している、という見方も出来ますが、本日は捨ておきます)。これは、しばしばネットVRM界隈でI.MAGiCの公式発表に対する反発が公言されることに表れています。が、あくまでもソレはVRMユーザー全体の一部の(それも、おそらくは少数派の)あり方に過ぎません。
そのようなムーブメントが、時間をかけて結果的にVRMユーザーすべてを呑み込むことはあっても良い、とは思います。が、そういうノリが嫌いな人、ついていけない人の行き場を無くすような形でそれがなされてしまうと、それは事実上、VRMユーザーを振るいにかけて選抜する効果を持つことになります。そうなることを望む人がいてもいいですが、少なくともボクは、あまり面白く思いません。
とは言え、そういう副作用を恐れて、ネットVRM界隈が発言を自粛するのは本末転倒です。健全な対策は、もっともっとI.MAGiCオフィシャル/スーパーバイザーに、テレビに相応しい表現力をつけてもらうことだ、とボクは考えています。双方の影響力が拮抗してさえいれば、今後もVRMユーザーコミュニティは、お互いの長所を活かし、また短所を補いつつ、発展を続けていくことが出来るでしょう。
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ついでに。
ボクは「どのようなVRMレイアウトがコンテストで高く評価されるべきか」という問題に口を出す気はまったくありません。これまでそうしてきたように、ボクは今後も、ボクが面白いと感じる作品は面白いと言いますし、たとえそれが大賞作であっても面白くないものは面白くない、と公言するでしょう。それを真に受けるか否かは、好きにしてください。
ちーずぴざ氏は「方向性が見えないのがいいのか、見えたほうがいいのか」と問いを発しています。ココで言う“方向性”が「どんなVRMレイアウトを作るべきか、どんなレイアウトが受賞すべきか」という意味であれば、それは見えない方がいい、と言うか、そんなものは見えません。見えると思っている人がいれば、それはとんでもない思い上がりです。誰か、
Caldia氏の“回転オルゴール”の鍵盤の打鍵と加減速を関係付ける制御方式を、事前に予測できた人がいますか?
一方で、“方向性”が「コンテストを勝ち抜いたレイアウト作品が、あるいは参加作品すべてが、何を目的にどのように扱われるべきか」という意味であれば、これには一考の余地があります。今のままで良い、すなわち、コンテスト主催者はこれまで通りの結果発表をおこない、ネットVRMユーザー有志がレビュー祭をすれば良い、というのも1つの考え方でしょう。ボクは、敢えて別の可能性を探ってみたいので、こうして自分が面白いと思うことを公言しています。
結果的に“方向性”が、ボクが面白いと思うものに収斂されるか否か、には、第一義的には関心がありません。むしろ、ボクが触媒となることで、皆さん各自が自分の求める“方向性”を公言し、それがぶつかり合って何かが生まれることに強い関心があります。
同様の理由で、ボクは表面的にはちーずぴざ氏の提案に賛同しません(これは、そんなものはあるべきではない、ではなく、ボクの中では他に優先度の高いミッションがある、の意です)が、ちーずぴざ氏ご本人や賛同する誰かが、
かつてのranmei杯のようなユーザー主導のコンテストを主催することには反対しません(同じく、誰かがやるべきだ、ではなく、やりたい人は勝手にやれば?です)。そして、少なくないVRMユーザーがそれに共感するのであれば、それは“とれたてVRM”に目に見える形で現れることでしょう。
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かえって誤解を招きそうな内容になった気もしますが、アタック25の比喩が自分にツボったのでこのまま公開します。
以上の話は、
こちらのエントリのコメント欄で交わされた議論に対するボクの現時点の見解(の一部)を兼ねています。この議論はかなりの分量がありますが、読む価値はあると思いますので、お暇な方はどうぞ。