しばらく前に、あるネットVRMユーザー(敢えてお名前を伏せます、失礼)と別事でメールを交わした際に、ネットVRM界隈におけるパクリ疑惑についてお話を伺う機会がありました。その際、私は「面白いので後日論考を書いてみよう」と応じたのですが、すっかり忘れていました(ぉぃ)。不意に思い出したので書きます。
結論。
大いにパクれ、大いにパクられよ。
粗雑に過ぎるので展開します。
パクるX氏、パクられるY氏、さらにこれを傍から眺めるZ氏、を想定してください。ディテールはさておき、この三者の間に生じ得る「パクリ関係」は概ね以下の7通りに集約されると考えられます。
(1) X氏が「あなたからパクりました」とY氏に言う。
(2) X氏が「Y氏からパクりました」とZ氏に言う。
(3) Y氏が「おまえにパクられました」とX氏に言う。
(4) Y氏が「X氏にパクられました」とZ氏に言う。
(5) Z氏が「おまえはY氏をパクっている」とX氏に言う。
(6) Z氏が「あなたはX氏にパクられている」とY氏に言う。
(7) Z氏が「X氏はY氏をパクっている」と他のZ氏に言う。
一般に「パクリ」とは、他人の作ったものを自分の作ったものであると偽る行為、を言います。したがって、厳密には(1)〜(2)は「パクリ」には該当しません。X氏が「パクりました」と宣言することは「偽る行為」と矛盾するからです。が、実際には(1)〜(2)の表現は意外に普通に使われています。これはむしろX氏にとっては自らを「パクり」と蔑むことでY氏に対する敬意を遠回りに表現する行為であると解釈すべきでしょう。ただし、X氏はY氏に不快に思われるかも知れないリスクは覚悟すべきです。
いわゆる純然(?)たる「パクリ疑惑」に該当するのは(3)〜(7)のケースです。
(3)と(4)〜(7)は、前者が当事者同士の問題であるのに対し、後者は第三者が関与している点において性格が異なります。
まず、前者に限定して考えてみましょう。結論から言うと、(3)はどちらかが妥協しない限り水掛け論(パクった、いや、パクっていない)にしかならない不毛な行為です、X氏の内面はX氏しかわからないがゆえに。Y氏としては、X氏のパクリを疑うよりもまずはX氏の自身に対する敬意を疑う方が精神衛生上よろしい。
そんな風には考えられない、どうしてもパクられるのは嫌だ、と考えるのであれば、X氏にパクる機会を与えないのが最も合理的な戦略です。つまり、自分の作品をX氏のアクセスから隔離すればよろしい。X氏がパクリ(と疑われる)行為に及ぶまでは、X氏とて多数のZ氏の一人に過ぎませんから、これはすなわちインターネット上にパクられる可能性のある作品を公開しない、ことを意味します。
(4)以降については、(3)のケースからわかるように、当事者たちの間においてすら(X氏が自ら「パクりです」と宣言するケースを除き)「パクリ疑惑」は不毛です、況や赤の他人をや。
少なくともネット上で個々人がやり取りする範囲において「パクリ疑惑」から「疑惑」の文字が消え去ることは原理的にありえません。したがって(4)は話半分に聞くべきですし、(5)〜(7)に至ってはそれがたとえ何らかの手段によって証明されたとしても、その瞬間においては妄想以外の何物でもないのです。
以上のことから、X、Y、Z氏に以下のように提案申し上げます。
親愛なるX氏へ
パクるときは正々堂々と宣言してパクれ
親愛なるY氏へ
パクられることを嘆くな、むしろパクられない自分を恥じよ
パクられることを恐れるな、むしろパクられることを目指せ
親愛なるZ氏へ
X氏がパクりだと思うのなら黙って軽蔑しろ
Y氏がパクられたと言うなら誉めてやれ
自分以外のZ氏を侮るなかれ、あなたが気付くのであれば彼も気付くであろう
いくつか補足。
(a) 以上の論考には「ghostがこれを面白いと思っている」こと以上の根拠は一切ありません。
(b) 以上の論考は、ネットVRMユーザー間で無償でやりとりされる何がしかに限定されたものと理解してください。どんなに面白いことであっても、法的争議はそれとはまったく別次元のレベルに存在することをお忘れなく。
(c) Y氏、Z氏にどう思われても構わない、どんな法的争議に巻き込まれようと平気だ、という境地に達しているX氏におかれては、一切制約はありません。どうぞ自由好き勝手に行動してください。
(d) ケース(2)において、Z氏がY氏を知っていることを前提とした記述がしばしば見られます。これはある意味においてパクリよりもタチの悪い行為です。少なくともX氏は、Z氏に対しY氏にたどり着くための情報を提供すべきです。
(e) Y氏にはパクられないために一切のネットへの作品公開を止める意外にもう1つの方法があります。それはどのX氏も決してパクりたいと思わないようなものを公開することです、それで満足できるのであれば。
(f) ケース(5)〜(7)を正義感からおこなうのだと信じて疑わないZ氏は、自分が場合によってはX氏よりもタチの悪い存在であることを知るべきです。それは正義でもなんでもなく、単にX氏のY氏に対するパクリ疑惑を利用した売名行為でしかありません。本当に正義感からそれをおこないたいのであれば、司法試験に合格し裁判官になってY氏からの訴状が届くのを待ちなさい。
(g) ケース(1)〜(7)のすべてに該当しないパクリ、すなわちY氏もZ氏も気付かないパクリは、最早パクリではありません。ここで言う「気付かない」は「それを見てもパクリとは思わない」の意です。「見つからない、バレない」とお考えのお目出度いあなたには、残念ながらつける薬がありません。
(h) 自分が決してX氏にもY氏にもZ氏にも決してあてはまることはない、とお考えのあなた。残念ながらもう手遅れ、ご臨終です、さようなら。
電波ゆんゆんですよ、念のため。