ボクが勝手に提唱する
VRMテンプレート構想を現実のものとするには、もちろんI.MAGiC社による技術的な問題解決も必要なのですが、それ以上に、VRMユーザーの協力が欠かせません。むしろ、VRMユーザーがこの構想に理解を示さないのであれば、I.MAGiC社はこういった仕組みをVRMに実装することはないだろう、という意味において、こちらの方がより重要な課題とも言えます。
「それが便利なものであれば、協力するに決まっているじゃん」とお考えの方もおられるかも知れませんが、ボクはそうは思いません。なぜなら、この構想は本質的な部分において、VRMユーザーのみならず多くのインターネットユーザーの中で支配的なある考え方に抵触する発想を含んでいるからです。仮に、ここで言う「支配的なある考え方」を「オリジナル妄想」と呼ぶことにします。
オリジナル妄想というのは、端的に言うと、ネットVRMユーザーをして自身のWeb/blogに「転載禁止」「改造禁止」云々と不毛な文言を書かせてしまう考え方のことです。この考え方の根底には「オリジナルであることに価値がある」「オリジナルであることを犯す行為=真似ること、コピーすること、は許さない」といった
思い込みが横たわっています。
ボクは、こういう考え方は、はっきり言ってアホだと思います。なぜなら、そもそもここで言う「オリジナル」などというものは存在しないからです。存在しないものを求めたり、ましてや守ろうとするのはナンセンスですから。
もう少し、柔らかく言い直してみましょう。まずはNゲージャー、A氏とB氏の会話をご覧ください。
A氏: レイアウト作ったよ!!
B氏: なんだ、ジオラマレールかよ(w
続いてVRMユーザー、C氏とD氏の会話もご覧ください。
C氏: スクリプト組み込んでみたよ!!
D氏: なんだ、ウィザードかよ(w
この2つの会話が、まったく同じ構造、同じ考え方に基づいていることは、説明するまでもないでしょう。半完成状態のものを流用することは、それはオリジナルではない、したがって評価に値しない、という考え方です。そして、まったく同じことがVRMテンプレート構想に起こりえることも。
E氏: VRMレイアウト作ったよ!!
F氏: なんだ、テンプレート組み合わせただけかよ(w
こういう考え方が支配的な状況においては、VRMレイアウターにテンプレート機能が実装されたとしても、それは有効活用されないでしょう。それを使うことが周囲から格好悪いことだ、とレッテル貼りされてしまえば、誰がそれを使うと言うのでしょうか。個人的には、マイクロエースはジオラマレールに関してこの点を考慮していなかったか、あるいは、対策がなかったので、着想の良さに反して成功を収められなかったのではないか、と思っているワケです。
「オリジナルはオリジナルであり、コピペのテンプレートとは違うのだから当然だ!!」と憤る方もおられるかも知れません。そこで、続くG氏とH氏の会話を。
G氏: VRMレイアウト作ったよ!!
H氏: なんだ、出来合いの部品を置いただけかよ(w
VRMユーザーであろうあなたが、このような批判を受けたとき、どのように斬り返したものでしょうか。VRMに「部品を自分で作る機能がないからだ」と主張しますか。では、仮にVRMにオリジナル車輌や部品を追加する機能が実装されたとして、続くI氏とJ氏の会話。
I氏: オリジナル部品使ってVRMレイアウト作ったよ!!
J氏: なんだ、VRMの機能を組み合わせただけかよ(w
この構造は延々と繰り返します。これは、どこかに「ここからがオリジナル」という絶対的なラインがあるのではなく、論者の立場に依存した程度の問題に過ぎないことを意味しています。
たとえば、車輌自作派の鉄道模型愛好家は、既製品を購入するだけのコレクターを「なんだ、買うだけかよ(w」と笑えますし、その自作派の中でもフルスクラッチを愛好する人はキット組みの人を指して「なんだ、キット組んだだけかよ(w」と笑うことができます。
「オリジナル妄想」は本質的にこのような矛盾を抱えています。特に、リアル鉄道模型と異なり、VRMにはデジタルツールであるがゆえにコピーが圧倒的に容易であるという特性がありますから、この枠組みの中で「自分はオリジナルである、唯一無二である」ことを主張しようとすると、必然的に「コピー可能な状態で作品をネットに公開しつつ、それをコピーするな、真似るな」という奇妙な主張をせざるを得なくなります。
少なくともネットVRMユーザーは、こういう枠組みに別れを告げるべきです。これは不毛なだけでなく、デジタルツール特有の「コピー可能性を生かして生産性を高める」という利点を殺しています。「自分はオリジナルである、唯一無二である」にそもそも価値など存在しないのです。価値がある、それが自分を良く見せることにつながる、というのは思い込みでしかありません。
ボクたちは、別の枠組みで競い合い、楽しむべきです。その枠組みとは、端的に言えば「どれだけ柔軟に他人のアイデアを利用できるか」「どれだけ他人に利用されるアイデアを生み出せるか」の2つです。アイデアというものは、生じて以降永遠にそのオリジナリティを保障されるものではなく、所詮は消費されるものです。いや、消費されてこそアイデアに価値が生まれます。これを別の書き方で述べたものが
コレです。
今般、唱導を開始したVRMテンプレート構想は、この枠組みにより多くの人を巻き込むための仕掛けです。この構想が実現しなくとも「どれだけ柔軟に他人のアイデアを利用できるか」「どれだけ他人に利用されるアイデアを生み出せるか」で競い合うことは可能ですし、既に始まっています。が、如何せん敷居が高すぎて万人が参加できる状態ではありません。本質的には容易であるはずの、コピーすら出来ない人が多いんですから。
また、この「どれだけ柔軟に他人のアイデアを利用できるか」「どれだけ他人に利用されるアイデアを生み出せるか」という枠組みがネットVRMユーザーの理解を得られないのであれば、VRMテンプレート構想を実現する意味はあまりないでしょう。使いにくいツールを使いこなせる自分はオリジナルだ、と妄想の中に閉じ篭っておくのも、悪くはありませんから。
蛇足ながら付記しますが、ボクは誰か特定のネットVRMユーザーを指して非難しているのではありません。他ならぬボク自身が「使いにくいツールを使いこなせる自分はオリジナルだ、と妄想の中に閉じ篭って」いることに飽きたので、こんなことをしているだけです、念のため。