鉄道模型シュミレーター井戸端会議の
3/3〜
3/4にかけてのエントリが面白げだったのでクリップ。例によって突っ込みどころ満載な気がしないでもないが、意外に、複数の鉄道シミュレーション系ソフトウェアを比較したコンテンツというのはありそうで実のところは少ないので、そういう意味で価値があるのではないかと思ったので御座る。
少し古いものになるが、鉄道樂術研究所の手になるこんなのがある。TRAINZに関して調べていたときに見つけたもので、実際、このコンテンツもTRAINZに関する紹介の枕になっているのだが、コンパクトながら論考が的を射ていて興味深い。
さればで御座る。
こういう同系ソフトウェアの比較(これらはそれぞれコンセプトやターゲットユーザーが大きく異なるので必ずしも「同系」と呼ぶのは適切ではないが、それは捨て置く)は、「やるな」と主張するつもりはまったくないのだが、個人ユーザーが扱うにはなかなか難しいネタだと思う。
技術的に、という意味ではない。
この分野全体の研究をおこなうべくソフトウェアを収集したのでなければ、普通に考えれば論者たる個人ユーザーは、比較対象となるいずれかのソフトウェアに「ハマって」そこからの展開として類似ソフトウェアとの比較を始めるはずだ。従って、論者には「最初にハマったソフトウェア」の影響が常につきまとう。そして、最初にハマったそれが何であるかというのは、大抵の場合は合理的な選択ではなく、偶然最初に出会ったことによるものだろう。
最も極端なことを言えば、この種の比較論は、単に自分が最初にハマったそれを正当化するための、類似他者に対する攻撃に転じやすい。論者自身に明確にその意図がなくても、無意識のうちにそういうものは表出する。そもそも、論者を比較論に誘うのは、自分がそれにハマっていることを正当化したい、という衝動であることも少なくないだろう。
繰り返しになるが、「だから比較論をやるな」などと主張する気は毛頭ない。むしろ、前段で述べたような限界を超えた比較論は、それぞれのソフトウェアやそのユーザーへのフィードバックが大きいと思うので期待したいところだが、たとえばHO鉄道模型界隈の(ほんの僅かな人たちによることは承知した上で)16番と12mmの不毛な非難合戦であるとか、そういうようなことがバーチャル鉄道の世界で起こるのは、まったく無価値だと思うので、自戒の意味も込めて書いておくことにする。
他者を非難することが明に、あるいは暗に前提となっている比較論は、実は簡単なのだ。要は感情に任せて否定すればいい。論証も何もいらない。資料収集も、自身が必然的に負っているであろう確証バイアスに身を委ね、自分の言いたいことに都合の良いものだけを集めればいいのだから、楽チンだ。そして、だからこそ不毛だ。
逆に、そういう誘惑を乗り越えた比較論はむしろ歓迎したい。拙者自身は、行きがかり上ネットVRM界の最右翼みたいな感じになっているので、そちらのジャンルには手を出しにくい。拙者がいくら客観性を装って何を言ったとしても「VRM寄りの見解」としか受け取られないだろうから。
そういう意味で、まだあまり手垢がついていない方で、ちょっとネット上で一旗あげてみたいとお考えの方がおられたら、この分野の旗手になるチャンスは十分あると思うので、お奨め申し上げておく。なんと無責任な煽りであることよ、切腹。