先だっての
コレに対する
caldia氏からの対論について、一言申し上げておくことにしましょう。caldia氏の対論は概ね以下の二点にまとめることができます。
(1) VRMスクリプトを日本語化したりGUI化したりすることで、プログラミング特有の抽象的かつ論理的な思考が、直感的に理解しやすくなるのではないか。
(2) VRMスクリプトの開発環境に難があり、改善を望む。
(2)については、細部はともかくボクもまったく同感ですので異論はありません。これは
VRM4の開発ロードマップに「オブジェクトブラウザ」なるものが謳われていますから、ソレ待ちかな、と思います。一般的なIDEに見られるようなコードに対するオートコレクト/コンプリート機能なんかにも期待したいところですが、VRMの開発ロードマップ全体から見た場合、優先度は高くないかも知れません。開発者本人が言っているように、スクリプトはVRM4の全機能のほんの一角に過ぎませんから。
議論の余地があるのは(1)についてでしょう。ある意味においてコレは好みの問題でもあり、確率論の問題でもあるので、白黒の付くような話ではありません。ですので以下の話は、一知見として読んでください。
結論から言うと、スクリプト命令を日本語化しても「抽象的かつ論理的な思考が直感的に理解できる」ようにはなりません。個々の命令の意味がわかったような気になるだけで、それは「気がするだけ」という意味において、むしろ害があるかも知れません。
掲示板なんかで困っているスクリプトが出てきたとき目を通してみるけれど、そのスクリプトが何をやりたいのか不慣れな私にとって解読するのにえらく時間がかかってしまうのです。
とcaldia氏は書いておられますが、これはスクリプトが日本語か英記号か、の問題ではなく、ほとんどの質問者が「アレがしたくてコレを書いたけど動かない」としか言わない(言えない)ことが本質的な問題です。
ボクがスクリプト会議室で回答したログを遡って読んでいただければわかると思いますが、よほど単純なものを除き、常に「基本的な考え方は・・・」から始まる一節があるはずです。大抵そこでは、一見自明に見える質問者が達成したい目的を、実現までの細かい段階に分解し、スクリプトの命令の積み重ねに読み直す過程が書かれています。
これは、ボクが質問者の真のニーズは、本人がそれを意識しているかどうかはともかくとして、ちゃんと動くスクリプトを手に入れること、ではなく、ちゃんと動くスクリプトを書くにはどのように考える必要があるか知ること、にあると考えているからです。ですから、面倒臭いなぁと思いつつ(ぉぃ)も質問者のスクリプトを読み解いて【こう考えて】に翻訳する手間を惜しみませんし、逆に「アレがしたくて【こう考えて】コレを書いたけど」と質問してくる方に対しては、命令や構文、論理の誤謬しか指摘していません。
【こう考えて】の部分は、スクリプト命令が英語であっても日本語であっても記号であっても図形と矢印であっても、我々の日常的な自然言語に翻訳しない限りは決して把握できません。つまるところスクリプト命令はコンピュータが理解するための言葉だからであり、VRMを思い通りに自動制御するには、他に手段がないからです。
コンピュータが理解するための言葉を、人間の日常的なそれに近づけようとする試みは、数多くおこなわれてきましたが、その中で明らかになったことは、一見人間にやさしいコンピュータ言語やインターフェースや比喩は、ユーザーのコンピュータに対する本当の意味での理解を阻害し、時には誤解や混乱を醸成する、ということです。
ちなみに。
caldia氏が例に引いた「ツクール系」ソフトは、本来あり得る可能性を大胆に割り引いて絞り込んでGUI化を可能にした例です。つまり、ユーザーが前提として受け入れている「コンピュータRPGとはこういうものだ」という狭い定義に依存したシステムであり、ここからはそれを逸脱したものが生まれ得ません。これが中の人の言うところの「GUI的なお作法が当たり前になってしまったことがユーザーの思考の自由さを制約している」に対応しています。
百歩譲って、VRMスクリプトを日本語化、GUI化したとしましょう。ボクは「わかりやすい」というメリットよりも先に、以下のデメリットの方を強く感じます。
− 日本語FEPを使うことによるキータッチの増加。
− 欧州展開に際してのローカライズ(翻訳)問題発生。
− GUI依存によるスクリプト会議室でのノウハウのシェアの煩雑化。
− 機能追加時のGUIデザイン修正の多発。
有り体に言えば、中の人もアホではないので、単にスクリプトを日本語化したり、機能限定したGUIにすることでユーザーを満足させられるものなら、もうやってますって。
ただし、勘違いして欲しくないのは、ボクはcaldia氏の提案を、間違っているとか無価値であるとか言いたいの
ではない、ということです。少なくとも、こういう現状に対する不満が出てくることは、中の人をしてその改善の必要性の再認識につながるでしょうし、他のユーザーにも「自分もここがわかりにくい」と思いつつ発言を遠慮していたものを、引き出すキカッケになるはずです。
VRMスクリプトが「わからない」「けども使いたい」と思っておられる方が潜在的に多数おられるであろうことは承知しています。ここには表裏一体の関係があって、実は中の人からしても、どこまで改善すればユーザーにわかってもらえるか、また、どの程度の機能が期待されているのかは「わからない」「けども使って欲しい」んですね。
そういう意味で、ボク個人としてはこういう提案は、たとえそれがボクの知見との間に齟齬があろうとも、楽しく拝見させていただきますし、言及もします。表面上、今回のようにネガティブに応答することもあるでしょうが、決してこれはその見解を否定しているわけではありません。本当に無価値だと思うものは言及すらせずに無視しますので。
本件については、もう1つ異なる角度から切り込んで、ポジティブな方針を導き出す議論がありえると思いますが、長くなったので後日改めて。