長くなりそうなので、別エントリでお返事をば。
立案者たるghostさんがこの計画の身上を「ニヤニヤ」愛でることであるとしていますから、この計画は、手入れをしない盆栽を(外から)眺めるようなものです。
個々のクリップの出来はまったく眼中になく、クリップの数それだけが目的と化している、そういう雰囲気が醸成されてはいないでしょうか。それともそれがこの計画の目的でしょうか。
まず、誤解のないように。
「ニヤニヤ」は計画の身上ではなく「合言葉」です。かつ、これは
kanikoお父さんのスタンス表明をお借りしたもので、ボクのものではありませんから。
で。
ボクが言いたいのは「ニヤニヤしてんのはkanikoお父さんのせいであって、ボクのせいじゃないやい!」ではありません。
45-50s氏の言うところの「手入れをしない盆栽を眺めるようなもの」であるこのプロジェクトに、立案者であるボクが何を言うまでもなくkanikoお父さんがご自分なりの目的を定義された、という実績を挙げているわけです。
kanikoお父さんは、
こちらでも改めて「kanikoお父さんにとっての」プロジェクトの意義を表明しておられますので、ご参照ください。
45-50s氏は「個々のクリップの出来はまったく眼中になく、クリップの数それだけが目的と化している」点について、やや否定的なスタンスに立っておられるようにお見受けしますが、2つの意味で違う、とボクは思います。
第一には、出来=質を数=量よりも優れているとする考え方はわからないでもないですが、これは母数が多い集団の中で言えることであって、鉄道趣味の世界におけるVRMユーザーの取るに足らない存在感からすれば、ボクは質よりも量を優先することは、戦略的に正しいとすら思うワケです。
無論、だからと言って「味噌も糞もクリップしろ」とは思いません。銘々のプロジェクト参加者諸兄におかれては、ご自身の力量を存分に発揮された自信作をクリップしていっていただければ、と思います。が、「こんな下手なものは見せれない、クリップ出来ない」と考えていただく必要はありません。
第二には、前段に書いた「質より量」は、もちろんネットVRMユーザーの存在誇示という意味において目的ではあるのですが、少なくともボクの目的はそこにあるのではなく、むしろkanikoお父さんがしてくださったように、銘々のプロジェクト参加者自身に、自分なりの参画目的を設定していただく点にあります。ボクや、他の誰かに与えられるのではなく、です。
そういう意味では、ボクが「グルグル」と表現したのは、このプロジェクトの「もう1つの参加方法」について、なかなか実例が出てこないことに対する苛立ちであった、と言えるかも知れません。まぁ、土台無茶な期待ですし、短気に過ぎるのは承知していますが。
銘々のVRMレイアウト作者の意図は微妙にズレているとは思いますが(そして、それはそうであるべきですが)こうして若干の不備を抱えつつも共通の切り口の上に「量」が整いつつあり、今この瞬間も増えていっていることは、ひとまずはプロジェクトとして成功であるし、ご参加いただいている諸兄には改めて厚く御礼申し上げる次第です。
その上で、参加者諸兄、また、その他のVRMユーザーに期待したいのは、この「量」を銘々で好き勝手に利用していただくことです。量とはすなわちパワーであり、自分ひとりでは決して為し得ない「何か」の燃料です。この計画の目的は、その「何か」を見たいという、ボクの酔狂の成就で御座います。