なんか、和尚様に突っ込まれまくりそうな内容になったが、とあるので、観世音で慈悲深いボクちゃんとしては突っ込まずにはいられない、ご本人が期待しておられる突っ込みであるかどうかは別にして。いや、きっと予期せぬ突っ込みであろう。
「VRMを使う」のではなく、「VRMに使われる」という感覚‥‥‥分かりますか?
kNRニュース/使うより使われろ!と対比するのが正しい読み方だと思っている。
パッと見、天狗亭氏のそれが具体論であるのに対し、啓明氏のそれは抽象論、というか精神論になっているので、大半の読者は「何を対比しろ」と言われているのかわかりにくいと思うが、結論から先に書いてしまうと、・天狗亭氏は「VRMが自分の流儀に合わせて欲しい」と言っている。
だけの話なんだね、実は。
・啓明氏は「自分がVRMの流儀に合わせてしまえ」と言っている。
天狗亭氏の主張は、大雑把にまとめてしまうとVRMスクリプトに「Visual Basic(或いはその系統の言語)になれ」と言っているようなものだ。何故、彼がそれを言うのかというと、たまたま氏がそれが得意だからか、悪く言えば「それしか知らないから」だろう。個別の記述に関して細微に立ち入っても、大半の読者には意味不明なものとなるだろうから避けたいところだが、それでは誠意に欠けるようにも思うので少しだけ突っ込んでおくと、たとえば「配列」については、配列、すなわち Variavle(Index)
だ。天狗亭氏なら、これでボクの言いたいことは理解してくれるだろう。あと、配列はインタープリンタ型処理系には相性がいいが、プリミティブなコンパイラ型処理系=VRM4スクリプトに実装するにはリスク回避のコストが高くつくから(編成の分割がビュワーの異常終了を誘発するのと、原理的に近い)というのもあるが、それは捨て置こう。
↓
オブジェクト変数 Object.Variable
ObjectとIndexは等価であり、Indexはユーザー自身が個々のIndexとオブジェクトの関係性を恣意的に規定しなければならない点において(少なくともVRMの世界では)Objectに劣る。
スクロールのVariableセクションについては、これの存在意義や用法を考えないままに批判しているのでちょっと格好悪い(製品付属のリファレンスの記述が中途半端であるせいもあるので、天狗亭氏が悪いワケではない)。とりあえずVRM4EG所収の「センサーデバッガ」とその他のセンサー組み込みスクリプトを読み比べてみて欲しい(必要なら解説を要請するように)。その価値がわかるから。余談になるが、今改めてこれ(前編/後編)を、発端となった由羽氏との対談(前編/後編)と合わせて読んでいただくと、その筋の方には面白いのではないか、と手前味噌ながら思う。
閑話休題。
天狗亭氏の思索の流れは、ある意味において過日のcaldia氏と交わした議論に通じるものがある。天狗亭氏からすれば「曲りなりのも私はプログラミング言語の話をしているのだから一緒にしないで!」と言いたくなるかも知れないが、caldia氏の主張の骨子が「VRMスクリプトはRPGツクールみたいになれ」にある点に気付けば実は同根であることは一目瞭然だ。で、ボクは、そういう主張をすること自体は別に構わないと思う。他製品の良所をVRMに取り込むという論点はあって良い、それが技術的に妥当であるか否かは別にして。
ボクが問題視したいのは「自分の既得知識だけをベースにして、目前にあるものの評価を絶対的に決めてしまおうとする思考は不健康だ」ということ。抽象的に過ぎるので喩え話をしよう。・ある中学校であなたは野球部に所属していたとしよう。で、ご父兄の仕事の都合で転校を余儀なくされ、転校先の学校でも野球部の門を叩いたとする。すると、そこでの部活動のやり方は以前のそれと大きく異なっていた。あなたは言う。「こんなんじゃ駄目だ、前の学校では云々!」
いずれのケースにおいても、主人公たる「あなた」が、自分の既得知識(過去経験、と読み替えても良い)に合致しないものを、それに合わさせようとする不毛な挑戦をおこなっている。このとき「あなた」は、自分の既得知識に欠陥や不足や偏りがあるのではないか、という観点を失っている。これは不健康だ。
・あなたは最近、より良い待遇を求めて転職した。新しい職場の勤務管理のメソッドは前職と大きくことなっていた。あなたは言う。「こんなんじゃ駄目だ、前の職場では云々!」
そういう意味において、ボクは啓明氏の言う「VRMを使うのではなく、VRMに使われる」という言及を興味深く拝見した。一見して「〜れる」という受身の文であり、なんでユーザーであるこっちがツールに使わなあかんねん!という感情反応もあろうと思う。が、それは啓明氏の言及を表面的にしか読んでいない、ということでしかない。
氏の言う「使われる」は、唯々諾々とVRMのあり方に従え、という意味ではなく、「自分の既得知識体系にVRMを新たに組み込んでしまえ」ということだ。もちろん、新しい知識体系を得るには、既得知識をベースに新しいそれを解釈することが避けられない。が、既得知識体系と衝突する何かに出会ったとき(先の例で言えば、新しいクラブや職場で、自分の知らないやり方に出会ったとき)自分の既得知識体系を自ら批判し、変化させ、向上させる気概を持てるか、あるいは頑なに自分の既得知識体系を守ろうとするか、によって大きな違いがある。
ボクは、啓明氏の「VRMに使われる」をこのような意味で読んだ。無論、ご本人の本意が単なる諦観、すなわち「何言ったって、I.MAGiCの中の人はやりたいようにしかやらないよ」にあるのかも知れないが、行き着く先が同じなのであれば入り口はどっちだって構わない。入り口の前で文句ばかり言って逡巡するよりは、だ。
* * *
最後に。
何でボクがこんなことを書いているのか、という点について。
別にVRMやI.MAGiCを擁護したいワケじゃない。VRM界隈を盛り上げたい、というのが、ないワケではないが、それが全てではなく、むしろそれは「ついで」だ。ボクは「VRM」という諸兄と共有している言語を使って、諸兄にボクが大切だと思う何か、を伝えたいと常々願っている。ここで言う何かとは「既得知識体系と衝突するものに出会ったとき、自分の既得知識体系を自ら批判し、変化させ、向上させる気概を持つこと」であり、ただ、それだけだ。そして、少なくとも天狗亭氏はボクの言わんとするところを汲んでくれるものと信じている。投稿者: ghostトラックバック(0)