こういうことを書くと気を悪くする人が多いであろうことは承知の上で書くのですが、VRMの最大の弱点は「VRMに興味を持つ鉄道ファンには、大抵の場合において、VRMを使いこなせるほどのPCに関する能力がないという矛盾」だと常々思っておるワケです。で。
ビネットやパイクなど小さなレイアウト作りが「簡単である」と言うのは、ある程度の規模のレイアウトを作ったことのある人たちが、そこで得た技術をフィードバックしつつビネットやパイクを製作したところ、(1)大規模レイアウトと比べて必要な時間と労力が著しく小さかった、ということに対して言っているに過ぎないケースが多いようです。
その意味で、いきなり(2)巨大レイアウトを作るよりまずはビネット(あるいはパイク)作りから、というような訓示はいささか空虚に聞こえます。
前述した矛盾の対極に、上引用のような見解があるのはさもありなん、とは思うワケです。思うワケですが、そういうのもアリだとは思いつつ、どうにもボクには前向きには思えないのでちょっと突っ込んでおくことにします。
まず下線部(1)「巨大レイアウトよりもビネットやパイクの方が楽」については異論はありません、これは純粋に量的な問題ですから。が下線部(2)を受けて「盆栽レイアウト」を勧める流れには、いささか違和感を覚えます。というのも、ここには質的な変化が突如として起きているからです。
故意か否かはさておき、45-50s氏は下線部(1)において、過去のVRMビネット・パイクの唱導者たちが、単に量的な問題からそれを勧めたのではなく、むしろ質的な問題としてこれを論じていたという観点に触れていません。
ここで言う「過去の唱導者」には、ボクや
啓明氏が該当するかと思うのですが、啓明氏の真意はともかくとして、少なくともボクがビネット的な作品(ボクの場合はむしろ「デスクトップサイズ」ですが)からの入門を勧めた理由は、もちろんその方が楽だから、もありますが、それ以上に、個々のVRMユーザーが表現したいと欲する鉄道風景について、必ずしも巨大なレイアウトが必要条件ではないことを訴えたい、というものがありました。
これはリアル鉄道模型レイアウトにも言えることですが、多くの“ビギナー”(と敢えて言います)には、専門誌等で紹介されるそれや貸しレイアウト店舗のそれのような「巨大なレイアウトでなければならないと思い込む」傾向が見て取れます。ほとんどの場合、物理的な制約がその実現を阻むため、多くの人は(過度な)理想と(卑小な)現実のギャップにレイアウト施工を断念します。
拙著「鉄道模型シミュレーターレイアウト設計と製作」の(表現しきれていたかはともかく)メインテーマは、ある意味において、このギャップを超克する思考を読者に提供する点にありました。つまり、理想=欲するところ、と現実=為し得るところ、の妥協点を探るツールとして、VRMを活用することを提案したのが、あの本の骨子です。そして、
こちらの拙稿で実験的に比較検討していますが、大抵の鉄道風景は300mm×600mmという限られた面積においてさえ表現可能です。
「いや、それは強引だろう。やはりレイアウトは巨大でないと!」とあなたは思うかも知れません。が、考えてみてください。VRMユーザーがネット上に公開している多くのスクリーンショットは、ほとんど車両に対する近接視点で撮影されています。また、多くのNゲージャーの作例写真も、レイアウトの大きさを誇示する目的のものを除けば、大抵は車両近接で撮影されます。ボクは、それこそが、各自が表現したい世界ではないのか?と問いたいワケです。だったら、視界の外があってもなくてもいいじゃんか、と。
もちろん、すべての人がそうだ、と断言するつもりはありません。中にはおいちゃん氏のように巨大なレイアウトの存在感そのものを愛好される方もおられます。事実、氏のスクリーンショットは他諸兄のそれに比較して、車両に対してかなり引いた視点で撮影されています。
同趣旨のことを、
鉄道模型シミュレーターレイアウトコレクションに寄稿した「3つの壁を知る」と題した拙稿でも論じていますので、ご参照いただければと思います。3つの壁とはすなわち、PCの性能限界、作業時間、ユーザーの根気であり、これらに真正面から衝突しなくとも、理想の鉄道風景の再現は可能であることを示唆したものです。
ここで話を元に戻しますが、ビネットやデスクトップサイズといったアプローチが、量的には巨大レイアウトに比して縮小しつつ、質、すなわち「表現される鉄道風景」においては同等のものを狙っているのに対し、45-50s氏の示す盆栽アプローチ(リアル鉄道模型分野ではピッツァとも俗称されますが)は、明らかに質的にも異なるものです。前者が量を減らしてでも質を維持しましょう、と提言しているのに対し、後者は質を転じて量を減らしましょう、と提言しているようにも思えます。
本エントリの冒頭に「気を悪くする人がいるだろう」と断った上で「VRMユーザーの大半にはVRMを使いこなせるほどのPCに関する能力がない」と書きました。おそらくこの認識は、ボクも45-50s氏も共有していると思います。その上で、それでも欲するところ、理想とする鉄道風景(たとえそれ自体が単なる思い込み・ステレオタイプであったとしても)の再現をなんとかして目指しましょう、とするのか、それ自体も捨て去って現実=為し得る範囲で納得しましょう、とするのかには、大きな差があるように思います。
もちろん、盆栽レイアウトには盆栽レイアウトの面白さがあり、
ボク自身も過去に手がけていますが、これを以って「VRMの入門はかくあるべし」と主張するつもりはありません。おそらくそれは、多くのVRMユーザーにとって「やりたいこと」ではないと思うからです。そして、欲するところでないところへ導く議論というのは、前向きではないし、読解力のない読者からすれば「VRMはそんなものなのか」という過小評価を招くのではないか、とも思います。
というワケで、意義申し立てをしてみました。
なんか居丈高な内容になったのでバランスを保つべく最後に自爆しておきますが、
本来こういう議論へのカウンターとしてあるはずだったVRMテンプレート構想を放置しておいて、何を偉そうに論じてんだよ!>オレ
いや。だって、誰も使ってくれないんだもん。