「自画自賛企画“VRMovies 100作の歩み”(その1)」
電波ゆんゆん
エントリタイトルからしてグダグダ感たっぷりではありますが、
VRMoviesで公開してきた拙作動画がまもなく通算100作を迎えるので、セルフリスペクトを書くことにしました。本音を言うと、誰か他の論客に客観的に分析してもらいたいところではあるんですが、多分そういうことはないと思うので。
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第一回となる今回は、総論として「VRMoviesとは何だったのか」について書いてみることにします。
表向きには、Webサイトのトップページに「VRM=鉄道模型シミュレーターで作成した鉄道情景の動画を公開しています」と掲げている通り、VRMoviesは単にVRMの動作を動画化したもの、ではなく(達成されているかどうかについては皆様の個々の判断にお任せしますが)「鉄道情景動画」を常に指向して作り続けてきました。
大別すると、実在の風景に取材したものと、純粋にボクの心象風景のみをベースとして製作したものがあるのですが(もちろん両者は混交しています)いずれの場合も「情景」たるべく、時間的・空間的な連続性を持たせることがすべての作品に課されています。これについては以前、
fox氏の動画作風との対比で論じたことがあります。厳密に言うと、fox氏の作品と自作を比較検討することで、自分がそこにこだわっていたことに気付いたのですが、改めてこれについて述べてみると、つまるところボクは、VRMの仕様性能限界の不満を動画によって代替していたのだろうと思います。
「仕様性能限界」というと、VRMの欠点を指摘しているように思われるかも知れませんが、さにあらず。むしろボクにとっては、VRMの自由度の高さが「限界」であったと言えます。つまり、VRMレイアウトはVRM環境を持っている人であれば、本当に好き勝手に無茶苦茶なアングルから眺めることが出来ます。そして、現在のPCの性能と3Dグラフィックスの技術的な限界から、そのあらゆる可能性に完璧に対応するレイアウト、つまりどこから見ても絵として破綻しないレイアウト作品を作ることは不可能です。
しばしば、VRMのレンダリング範囲について不満を述べる方を目にしますが、個人的にはそれは「自動車が飛行機よりも遅い!」と腹を立てているような話だと思っています。つまり、ある程度以上の距離を移動する上で自動車が飛行機に劣るのは自明であって、どうしようもありません。自動車しか移動手段のない人は、自動車であっても到達時刻に満足がいく時間に出発すべきなのであって、同時に出発した飛行機が先に目的地に着いたことに文句を言うのは馬鹿げています。この比喩をVRMに訳すと、VRMレイアウトはVRMのレンダリング特性に合わせて美しく見えるように作るべきなのであって、地平線の彼方に走る列車を見たいのであれば、VRMを手段として選んだことがそもそも間違っている、ということです。
かく言うボクも、VRM4の樹木部品のレンダリング範囲はいくらなんでもあんまりだろう、とは思っていますが。
しかしながら、VRMレイアウト作品の見方を見る者に強制することは本質的に不可能です。もちろん、
Tatsuo氏のVRM3時代の作品群のような戦略(レイアウトコンテストが何故か目の仇にしている「特定のタイミングでの列車の出発、停止操作」)もありますが、これはあくまでも氏の特殊な才能が実現させた例外と言うべきでしょう。そこでボクは、敢えてVRMビュワーでの自由度を放棄し、動画の中に自分の表現したい世界を封じ込める方法を選択しました。これが、VRMで作成した鉄道情景動画、VRMoviesの誕生の経緯です。
ところで、ミもフタもない言い方になりますが、ここまでに書いたことは、半ば真実ではありますが、半ば言い訳でもあります。ボクが「鉄道情景動画」にこだわった本当に理由は他にあります。お気づきの方もおられると思いますが、拙作動画には全作を通じて何らかの実験的な試みが含まれています。その多くはVRMレイアウト製作上のテクニックですが、中には動画表現上の技法もあります。
ボクが最もやりたかったことは、動画を見る人に「VRMでこんなことが出来るのであれば、自分でもやってみよう」と思ってもらうことです。そして、ボクはリアリストなので「一般大衆に何かを啓蒙するにあたっては、すべからくエンターテインメントに偽装せねばならない」と信じています。ですので、単なる実験映像ではなく、またテクニック集でもなく、鉄道情景動画というエンターテインメントに偽装したメッセージという形を採用しました。
で、99作をリリースした現在における、この試みに対する自己評価は「失敗」です。本来鉄道自体にあまり興味がなく、かつ、エンターテインメント性に欠けた人間がこのようなことをやってきたことに無理があったのでしょう。
つづく