「自画自賛企画“VRMovies 100作の歩み”(その2)」
電波ゆんゆん
VRMoviesの作品群においては、1作1作に、それぞれ異なる技術的・演出的な実験が盛り込まれていることについては
前回述べました。一方で、あらためて過去動画を総覧してみると、実はVRMoviesにおける基本的な構造は、
初期の10作品くらいで出尽くしていることがわかります。
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つい先日、
45-50s氏が拙作レイアウトについて
「比較的わかりやすい“癖”がいくつかある」と論じてくれたことがあります。ボク自身が、自覚している自作の癖は概ね以下のようなものになります。
・レンダリング範囲を常に意識していること。本来もっと遠くにあるべき建物や地形であっても、遠目からの構図に含めるために、故意におかしな場所へ配置する場合がある。
・地形テクスチャに拘っていること。特に線路周囲のバラスト表現。本物らしく見えるリアリズムよりも、コントラストをハッキリさせて印象付けることを好む。
・カメラワークを意識した部品配置。動画化した際に見栄えが良ければ、必ずしもリアルな配置でなくて良い。
・部品密度の低さ。どの程度の範囲が動画の構図内でハッキリと映るかを常に意識しているので、範囲の外については、せいぜい背景に向かって隙間が生じない程度の部品しか配置しない。
・近接視点の細やかさよりも、引いた絵でのバランスを優先する。
以上のスタイルは、Web立ち上げ当初に公開した数作品で既に確立されており、それ以降、より洗練されることはあっても大きくは変化していません。ある意味において、ボクはネットVRM界隈において「最も進歩のないVRMユーザー」でもあります。さて、何故そうなったのでしょうか。これにはちゃんと理由があります。
実は、2003年の7月1日にVRMoviesを公開した時点で、最初の動画6作品は既に完成していました。が、実際にはこれらの動画は以降、3ヶ月をかけて公開されていきます。この間に、2003年度レイアウトコンテスト参加作を含めた後続作品が、じっくりと時間をかけて作られていきました。
これが何を意味しているかと言うと、第一に、ボクはVRMoviesの立ち上げ準備に約2ヶ月を費やし、徹底的にVRMの可能性を研究し尽くしていた、ということです。これが以降の作品すべてのベースになっているため、ボクの作品スタイルはほとんど変化することなく今に至っています。その頃の思索過程を記録に残すべく書いたのが、実は
コレだったりします。
第二に、Web立ち上げ当初から、ボクの中では「定期的なWeb更新を維持すること」の重要性が強く意識されていた、ということです。これを現実のものとするには、常にある程度余裕をもって作品を用意しておくこと、有り体に言えば「ネタ切れ」に備える必要性がありました。ゆえに、まずスタイルを確立し、それにそって作品を量産するという方法論を取る必要があったワケです。
ちなみに、第1作「Over the Inland Sea」から第4作「Escape from Daily Life」は、すべてエンドレスループを有したレイアウトになっています。VRMレイアウトでエンドレスループを閉じるのは存外面倒な作業です。Web立ち上げ前の試行錯誤の段階で、特に動画化を前提にした場合の無駄さ加減に気づいたボクは、以降、エンドレスループするレイアウトを作るのをしばらく止めています。
これに再び着手するのは、VRM4への移行期、すなわち、改めて新しい手法を確立する必要性に迫られた時期で、
このへんがそれに当たります。お気づきの方もおいでかと思いますが、ここらへんの動画はVRM4EGに収録した拙作エンドレスループレイアウトから撮影したものです。つまり、再び基本に舞い戻ると共に、そのために低下した作品生成速度を誤魔化すべく、同じレイアウトを登場車両や背景テクスチャを切り換えて使い回していたんですね。
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さて、以上のことを通じて何が言いたいのか、と申しますと、ボクが多用する「伊達と酔狂」という言葉の「伊達」の部分についてです。かつて
fox氏がボクを評して「惜しげもなく自分のテクニックを指南する」と書いてくれたことがありますが、有り体に言うとそれは誤解です。実のところ、ボクは自分が一番悩み苦労した部分について、ほとんど公開していません。結果だけを淡々と示しています。だから、本当の意味では「惜しげもなく指南」していないのです。もっとも濃密なノウハウが詰まった部分については、隠してきたのですから。
何故か。それは、第一には銘々のVRMユーザー自身に自分で考えて欲しいから、ではありますが、それ以上に、VRMに取り組む上での難しさについて書くことは、実はVRM初心者や未経験者に対してVRMに対する偏見を植えつけるものにしかならない、と考えていたからです。実際、ネットVRM界隈のコンテンツのおそらく3分の1かもうちょっとくらいは、VRMは難しい、とばかり書かれています。書いた本人にしてみれば、自分がうまくVRMを使えないことについての言い訳なのでしょうが、正直に言って「贔屓の引き倒し」だと思います。
ゆえの「伊達」です。自らを以って「VRMの広告塔」たらんとするからには、いかにも至極簡単にやってのけているように見せる必要があります。そう思ってやってきました。が、これも多分「失敗」だったように思います。種を撒かず、水をやらず、草も取らず、実だけを食べることがエレガントとされがちなこの御時世において、ボクの伊達は、単に「実だけを食べる人」だと思われていたのではないか、そんな気がしています。
つづく