このエントリに寄せられた
はやたま氏のコメントにお答えします。以下、引用部は氏のコメントからです。
前提としてご理解いただきたいのは、第一に、ボクはI.MAGiCの代弁者ではないので、彼らを擁護する意図はありません。第二に、ボクはネットVRM界隈の裁判官ではないので、はやたま氏を裁くつもりはありません。第三に、ボクがこの話題を取り上げるのははやたま氏を論破するためではなく、同様の忸怩たる思いを抱えて苦しんでいるVRMユーザー諸兄を癒し、かつ、若い読者を同じ暗黒面に落とさないためです。
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ヘッドライトなどはファンクションキーでオン、オフの操作が出来、更に進行方向でヘッドライトなのかテールライトなのかぐらいは元々プログラミングされていたらそれで済む
(中略)
大体車両乗せて動かしたらライトが点灯すると思うのがごくごく普通の考えではないですかね
傍線は引用者による
VRMスクリプトの存在理由は、究極的には上引用傍線部の「ごくごく普通」が、実は普通ではないからです。ボクが敢えて「思考停止」という厳しい表現を使ったのは、103-750氏の「スクリプトは魔法だ」という発言の背後に「自分がこうあるべきだと思っている動作は、他の人もそう思っていて当然だ」という意図を感じたからです。はやたま氏のコメントは、まさにそれを明示しています。
結論から言えば、それは間違っています。
VRM4EGをお持ちの方は、改めて同書収録の開発者インタビューを読んでいただきたいのですが、開発者の口から、VRMが以前から内部的にVRMスクリプト相当の構造を持っていたことが言及されています。この内部構造が外から触れるように言語体系を付与したものがVRMスクリプト、ということになります。
少し考えてみて欲しいのですが、VRMスクリプトのような言語体系を作り上げるのと、旧バージョン同様に固定的に内部機能とキーやGUIを結びつけるのとでは、前者の方が圧倒的にコストが高いです。バグ発生率も格段に上がり、極めてリスキーです。が、敢えて、I.MAGiCはコスト・リスク共に高い選択をしました。同書の中で開発者自身は「パソコンのソフトである、ということを表に出したい」という言葉でその理由を語っていますが、ボクが思うに恐らくこれは外聞を憚っての建前です。否、深読みすれば「パソコン」の部分がキーワードである、と言えるかも知れません。
はやたま氏は「〜のときは・・・であるのが普通だ」と言います。それをVRMに埋め込んでしまうことは簡単です。が、実際にそれをやって何が起こるかと言うと、それを「普通だとは思わない人」からのクレームです。これに対する対策は大きく2つあって、1つはまさに「思考停止」して「これが普通なんです」と単一の仕様をユーザーに押し付けることであり、もう1つはユーザーに自ら選択する自由度を与えることです。そして、I.MAGiCはコスト・リスク共に高い後者を選択し、かつ、問わずもがなにSCRIPTウィザードを投入しました。
この背景には、同インタビュー最終頁で開発者が言及している「GUIが規程路線化することで、本来あった自由さが失われていることに挑戦したい(趣意)」という哲学があるものと思われます。これは、本来「パソコン=個人用に自由に使えるコンピュータ」が登場するキッカケとなった哲学に通じるものであり、これが前述した「パソコンの部分がキーワード」の意です。
PCなのだから自由に操作が可能なのがあたりまえでPCの醍醐味と思っていますが。この考え方はVRMにとって本当に正しいのか改めて考え直す時期じゃないですかね・・・
何か肝心な鉄道を楽しむことがバージョンをあがることでどんどん希薄になっているように思えてならないのです。
上に述べたことを、はやたま氏自身も言及しています。でありながら、氏が「肝心な鉄道を楽しむこと」を非常に狭く捉えているように見えることを、有り体に言えば自分自身の鉄道の楽しみ方が普遍的であるかのように語っていること、を残念に思います。
実はこの話は、結局のところ、モデル化車両選定と根が同じである、とボクには思えます。自分好みの車両がリリースされない、スクリプトがわからない(学ぶのが面倒臭い)ので自分好みに使えない、と。しかし、どちらも既に手段はあるんです。前者に対しては
先日例示したように、車両リクエストの多数派工作はいつでも可能ですし、
KSMaster氏が述べているコレなんかも手段の1つでしょう。後者についてはスクロールがまさにそれで、自分で書けないなら誰かに、有り体に言えばボクに「作って」と言えば済むんです。それらをせずに、大上段から「VRMにとって本当に正しいのか」を論じることに、何の価値がありますか?
ボクが悲しく思うことは、往々にしてこのテーマに関しての苦言を「公言」する人たちに見出せる共通の傾向についてです。「自分好みの車両が出ない。これではVRMは駄目だ。新規顧客を取り逃しているぞ。」「VRMスクリプトはわからない。他のユーザーもわからないぞ。VRMは駄目だ。」と言いながら、前述したような対抗策を取らないんです、こういうことを言う人たちは。他のユーザーの利益を代弁するかのような体裁を取りながら、自分が何もしないことを正当化するためにネットに苦言を垂れ流すんです。これをボクは「単なる愚痴」であり「贔屓の引き倒し」だ、と以前から申し上げておるワケです。
何よりボクが嫌だと思うのは、こういうネガティブなスタンスの伝染性の高さについて、発言者に自覚がないことです。本人は「自由に発言しているだけだ、何の文句がある」と開き直るかも知れません。が、斜に構えて評論家を気取るのは、一見格好良さそうだし、何と言っても「楽チン」なので、深い考えなしに真似る人が続くんです。そしてそれは、後に続く若い人たちの可能性の芽を摘むんですよ。だからボクは敢えて断言します。「格好悪い」です。
個人的にはこちらのほうが思考停止になっているのではと感じるのですよ。
その言葉がI.MAGiCに対するものにせよ、ボクに対するものにせよ、自身の「思考」を行動で示してから言いなさい。百歩譲ってI.MAGiCもボクも至らないことは認めましょう。で、キミは何様よ?
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と、非常に厳しいことを言ってみたワケですが、ボクは「だから、はやたま氏は駄目だ」と言っているんじゃないんです。また、同様のネガティブなスタンスを取る人にVRMについて発言するな、と言っているんでもないんです。
ボクは、はやたま氏が非常に幅広い造詣を鉄道趣味に対して有していることをよく知っています。他諸兄も同様です。ボクが惜しむのは、その知識がポジティブに活用されていないことです。そして、ボクがそれを惜しむ理由は、それがVRMやI.MAGiCの利益にならないからではないんです。そんなのボクの知ったこっちゃないですから。ボクが惜しんでいるのが、他ならぬ、あなたが、本来才気溢れるあなたが、あなたの利益にならないことに悶々と苦吟していることなんです。