「ネットVRM界隈で活躍したい人へのヒント(その6)」
電波ゆんゆん
ここまで、具体的なものから抽象的なものまで、ネットVRM界隈で活躍したいと願う人の何かの参考になればと書き連ねてきたワケですが。さて、これらを読んで「よし、やるぞ」という気分になっている方へのアドバイスです。
何かをしようと思ったとき、最初に思いつくことは大抵間違っている。
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以下は、特に科学的な根拠があるワケでもなく、あくまでもボクの個人的な経験に基づく「仮説」ですので、あまり真に受けないでください。とは言え、これを金科玉条の1つとして生きているボクが、仕事の分野においても趣味の分野においても一定の成功を収めていることを考えれば、特に若い方には知っておいていただいて損のない話ではないか、と手前味噌ながら思っています。
この話の本質は、ボクらの思考というものは、自分で思っているほど我々自身の思い通りにはならない、望む成果を生むことが出来ない、という、まさに禅問答のようなテーゼにあります。
クリスチャンファンダメンタリストでもない限り、人間が猿(のような生き物)から進化して現在に至ることを否定する人はいないと思います。で、猿が人間っぽいものに進化していく過程において、我々は思考能力を獲得してきたワケですが、今でこそ我々は有益なことから無益なことまで多種多様な思考をしますけども、そもそもこの能力が何のためにあったのか、と考えれば、それは間違いなく緊急時の危機回避にあったワケです。
たとえば、猿っぽいボクらのご先祖様が森の中で木の実を拾って食べていると。そこへ何か猛獣っぽいものが現れる。で、猿っぽいそれは、ささやかな思考を全開して生き残るために何をすべきかを判断し、行動したワケです。こうしてうまく生き残れた猿っぽいものの子孫がボクらです、大雑把に言えば。なので、ボクらの思考というものは、大なり小なり、また、良かれ悪かれ、そういう猿っぽいものを引き継いでいるワケです。
では、その「猿っぽいもの」というのが何かというと、第一にはそもそもの目的が緊急事態への対処にあったので、よほど意識しない限りボクらの思考は
極めて短期的であり近視眼的なものになります。今日は乗り切れるかも知れないけれども、明日以降どうなるかはわからない、そういうことがまず頭に思い浮かぶ、ということです。
第二には、危機回避が目的だったわけですから、よほ意識しない限りボクらの思考は
可能な限りリスクを小さくするべく消極的・逃げ的なものになります。もちろん、人間の歴史のかなり古い時点から戦争が存在することが証明しているように、ボクらには積極的・攻撃的な一面もあるワケですが。これはあくまでも集団行動が前提になっていて「アイツは死ぬけどオレは大丈夫」みたいな幻想が出てきて初めて可能になったワケです。
第三には、現代近辺のわずかな例外を除き、猿っぽいものから人間に至る歴史の大半においてボクらは「飢え」ていたワケです。なので、よほど意識しない限りボクらの思考は
疲れないように、楽ができるように、コストが小さくなるように、を目指します。後に人間は農業を学んで、先に苦労をして後で楽をすることを知るワケですが、これもやはり集団行動が前提にあって「働くのは誰か、もらうのはオレ」というズルが可能になって発達したワケです。
そういうワケなので、人間である以上、ボクらの思考というヤツは「近視眼的」であり「消極的」であり「さぼり的」になることを避けれません。そして、面白いことに、同時にボクらはこれを「悪徳」であるとも認識するワケです。ただし、自分ではない他人がやっているときに、ですが。これが前段で述べた、集団行動の話と繋がっていることは、もう説明するまでもないですね。
だから、自分自身の思考がこの3つに陥っていることを認識するのは非常に難しいです。ボクらの思考は、自らが悪徳に陥ることを避けるよりも、悪徳に陥った自分を正当化する屁理屈をコネる方向に動くように出来ています、残念ながら。多くの神話や宗教において、悪徳を象徴する非現実的な化け物(悪魔だとか竜だとか鬼だとか)が共通して存在する理由の1つもここにあります。
これはボクらの脳味噌にハードワイヤードされたロジックなので、善悪を論じても意味がないです。ボクらはそういうモンなんだ、と認めるしかないです。で、これに対するささやかな抵抗が、冒頭に書いた「何かをしようと思ったとき、最初に思いつくことは大抵間違っている」を金科玉条にすることです。覚えれない人は紙にでも書いて壁に貼っておいてください。Windowsの壁紙にするって手もありますね。
これも猿っぽい思考の名残だと思うんですが、ボクらの思考には「最初に思いついたことに固執し、それが正しいと思い込もうとする」傾向も見られます。おそらくは、猛獣に追われて緊急回避を始めてから、美味しそうな木の実を見つけて足を止めることのないように、そういう脳味噌になってるんだと思いますが、これがあるために、ただでさえ当てにならない直感的な判断の危うさを避けることが難しくなっています。そういう意味も込めて「何かをしようと思ったとき、最初に思いつくことは大抵間違っている」を金科玉条にすることをお奨めします。
まぁ、何というか、あなたが好んで「猿っぽいネットVRMユーザーを目指すのだァ!!」とおっしゃるのであれば、それはそれでひとつの道と言うか、個性でもあると思うので止めません。ただ、どう考えてもVRMは、猿の営みよりはヒトの営みであろうと思うワケで、本質的に無益であるという意味において。まぁ、それを言ったら、人間のやることなんて大概は無益なことばかりですが。で、ヒトの営みに猿の思考で挑戦すると、遅かれ早かれ破綻し、あなた自身が苦しむ羽目になるワケです。
より具体的に言えば、ここまでこのシリーズで書いたことを読んで「よし、じゃぁ、こうしよう」とあなたが今考えていることがあったら、やり始める前に「これって近視眼的じゃないかな?消極的じゃないかな?サボリ的じゃないかな?」と自分自身を疑ってみろ、ということです。少なくとも、ボク自身は常にそうやってきて現在に至ります。大抵の人はそういうことをしないので、途中で破綻します。そういうのをたくさん見てきました。途中でやめるのは悪いことではありませんが、その人が「途中でやめてしまう自分は駄目なヤツだ」と思い込んだりするんじゃないか、と思うと胸が痛むので、前以て忠告しておきます。
途中でやめるのは悪いことではありません。途中で破綻してしまうことを始めてしまうのも決して悪いことではありません。猿の子孫である人間は、例外なく皆そうですから。ただ、それを繰り返したり、うまくいくように学ぼうとしなかったりすることは、悪いとは言いませんが、愚かです、猿並みに。
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ちなみに、ボクは猿やヒトよりも、むしろ悪魔に近いので、さしずめここに書いたことはイブに差し出された禁断の果実です。食べる、食べないは、ひとつ自己責任でよろしくお願いします。