2008/6/1
もう、ずいぶん以前に読んだ。
高野悦子さんの『二十歳の原点』三部作。
けっこう、可愛い人なのに。
ふつうに、生きていれば、それなりに、幸福はあったと思う。
女は、男に比べて、感情の起伏が激しいのだろう。
女の場合は、共感型といわれる。
つまり、『分かって欲しい』ということだ。
常に、宿るべきものを探しているではないか。
宿るべきものとは、男であり、男とは、主(宿主)である。
女性のサイトで、“堕ちる”という言葉に何度も遭遇する。
“堕ちる”とは、どういう意味なのだろうか。
激しく、落ち込むということだろうか。
そういうことが、たびたび起こるようだと、
ふつうの社会生活を送ることはできない。
女は、宿主を探して永遠にさまよっているのだうか。
つまり、“迷える子羊”。
男もまた、迷える子羊を探しているのだろうか。
神話的世界では、もともと、男も女も一体の体だった。
一人では寂しいだろうからと、男のわき腹の骨から、神は、女を造った。
女は、元の宿主である男を探し、男は、自分の体の
一部だった女を探しているのだろうか。
女は、宿主が見つかるまでは、心がいつも不安定なのだ。
宿主が見つかった者はいいけれど、
多くの女は、永遠に、“迷える子羊”。
身近に、宿主の代理人でもいれば、
高野悦子さんも、川田亜子さんも自らの存在をこの世から、
消去することはなかったと思う。
“タフでなければ、生きていけない”

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