「・・俺ンち、父親いねーんだ」
チャットに発言されたRYOの言葉。
あたしはその意味を理解するまでに、また少し時間がかかってしまった。
お父さんがいないって、母子家庭ってこと・・?
あたしはRYOの言葉を待った。
「俺が小さいときに、オトンとオカンが離婚したんだ。俺とオカンは、オトン家から出て、アパートで二人の生活を始めてさ。その時からかな、オカンがおかしくなったのは」
あたしは黙って、RYOの言葉を待つ。
RYOが小学生の頃−−。
RYOの父親の家は、運送業の経営をしていて、地元でも目立つ大きな建物だった。父親は、祖父から家業を引き継ぎ、駆け出しの社長だった。
RYOの母親も、地元では有数の実力者のお嬢様であり、結婚当時は、運送業の若社長の宅へ嫁ぐお嬢様として、周囲が羨ましがる理想として見られていた。
しかし、父親の家に入った母親に待っていたのは、過酷な未知の世界だった。家事などしたことがない母親は、父親の姑から徹底的にしごかれた。
朝日が昇る遥か前から叩き起こされ、起きなければ、布団に寝てるのに、本当に水をかけられた日もあった。寝ぼけているひまはない。
住み込みの社員もいるため、家族のほか、住み込み社員たち全員分の、大量の洗濯から始まる。引越し業のため、制服は大変に汚れ、それでも少しでもしみがあればやり直し。ひどい汚れを手でもみ、手が擦り切れて血が出ても、許されることはなかった。
それが終われば大人数の朝食の準備、それが終われば洗い物、掃除。仕事の時間が始まれば、電話番に事務に会計。手配が遅ければ、社員から怒鳴られ、何度も母親は泣いていた。
夜は夜で、風呂の準備はするが、入るのは一番最後。風呂はひとつしかなかったため、社員たちが入り終わるのを待ち、男たちの身体から剥がれ落ちたアカでドロドロになった風呂に、母親は入らされた。風呂を入れなおしたり、シャワーを使おうとすると、無駄な経費を使うなと怒られ、風呂にすら入れない日もあった。
姑はとにかく母親につらくあたった。
それはRYOが生まれてからも、その日課は変わらなかった。いや、むしろ悲惨さは増したのかもしれない。
RYOが乳をほしがって泣けば、仕事のじゃまをするなと姑に邪険にされた。乳をやろうとし、席を離れようとすると、仕事をさぼったと、陰口をたたかれた。
365日24時間、休むヒマがない。
RYOにとっても、小さい頃の母親の思い出は、いつもやつれてる姿しかなかった。
物心がついた後でも、ろくに両親に遊んでもらった記憶はない。父親も実家では、つねに別棟で寝起きをしていた。母親が姑のことで相談しても、わかったわかったというだけで、何も変わらなかった。
そして、RYOが小学生の時。
母親の中で、何かが弾けた。

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