たんしりをまはし自慢の緋ちりめんまくりあけてはやれやいやれやい
山下一叟(『狂歌種ふくべ』)
掲出歌の題詞は「天満祭たんじりに」。『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)で陸渡御の「だんじり(地車)」を引くと「舞車、我も我もと引連れて天満宮の方に向ふ。(略)車の上は檜皮もて葺き、前一段高く、後一段低し。四方に欄干あり。其上に舞子あり。太鼓・つづみの音かしましきまで聞ゆ」(大田南畝)云々とある。三句「緋縮緬」は舞子の長襦袢であろう。二句「まはし」は思うままに動かすこと、結句の掛け声から祭の熱気が伝わってくる。
下仕(げす)魚と花奢な口にはそしられて雑喉場(ざこば)のはなをひきいはし哉
長寝する人はいつしかはつ霜のをきやう習ふ隙(ひま)は有(る)まい
ふるとやらつめたいとやらいふ里にふと誘はれて初ゆきの興
かたはしに帳面に棒くらはせてくれぬるとしの夜こそねよけれ
一首目の作者は流水、題は「割(き)鰯」。初句は漁獲量の多さと類音「卑し」に因るらしい。「雑喉場」は大坂を代表した魚市場、下句「鼻を引き鰯」で嚔をする鰯になる。「端」でも「引き鰯」、橋の名「ひきいはし」は確認できなかった。二首目の作者は中村李因、題は「初霜」。初句の「長寝」は目覚めが遅いこと。四句「をきよう」は「起き様」だが「長寝する人」の「起き様」では「霜」の「起き様」(出来方)に習えないと云うのだ。三首目の作者は菅野岸洞、題は「遊里雪」。「ふる」と「つめたい」の両義性に拠りつつ「とやら」のリフレーン、「里」と「ふと」の類音語を効かせながら結句の「ゆき(雪・行き)」に集束した。四首目の作者は嘉祐、題は「歳暮」。二句は掛け取引に対する「棒引き」を云う。四句は「呉れぬ」に「暮れぬ」を掛ける。払う金があっての強気だが結句の「寝よけれ」に本心が覗く。
何事のおはしますともしらやまの神楽に巫か靨(ゑくほ)こほるる
住みよしと人はいへとも世(の)中はわたりにくうもかけた反はし
いささかなさかななれ共とふぞしてお口にあちの早うつけたさ
田楽も扨やはらかや鬼つらの名めしはこはい筈とおもふに
一首目の作者は李郷、題は「白山の開帳に神楽乙女を見て」。白山は日本三名山の一、三句「しらやま」に「知ら」を掛けた。「しらやま」は「はくさん」の古称である。二首目の作者は嘉祐、題は「寄橋述懐」。住吉大社の反り橋は太鼓橋とも云う。初句の常套句から出発して四句の両義性、結句の名所で収めるところも堂に入っている。三首目の作者はつね女、題は「病気見廻に鯵のさかな送るとて」。初二句に「さかな」が二度登場する。下句は「鯵」を「届けたい」「食べてもらいたい」、また味覚(食欲)を云っているようでもある。「さ」は接尾語で感動だろう。四首目の作者は李郷、題は「鬼貫翁にて出来合の菜飯にてんかく物して」。鬼貫(一六六一〜一七三八)は俳人、名前の「鬼」から「怖い」を四句「強い」に掛けた。

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