2009/7/2
キンカン 自然観察
庭にある幼木の金柑がたくさんの小さな白い花を付けている。花としての魅力はまったくない。そんな意味で、余り見向きもされない。
黄色く色づいた金柑の実。余りにも小さいので利用方法は少ない。それでも、小さな庭に植えたり、鉢植えで育てている家庭をよく見かける。パット拡がる人気はない。それだけのインパクトは残念ながら、花にも実にも持ち合わせていない。
小さな実であるが、一生懸命春後半まで黄色の色彩を放つキンカンがなぜか可愛い。幼い頃、風邪を引くと「咳止めだよ」と言って母親がキンカンの液を飲ませてくれた。甘く、少々酸味があった記憶がある。僕らが幼い頃は、そのような自然のものを薬として利用していた時代である。我が子にもいろいろな薬草を利用したものであった。
幼い頃の記憶がやたらと思い出されるのは、歳のせいだろうか。自分では決してそうは思っていない。世の中人工の色彩が氾濫している。植物や鉱物に観ることができる自然が織りなす色彩。それが蛍の光でも良い。次の世代が自然の中にある豊かな色彩を感じとって欲しいと願っているからに他ならない。
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黄色く色づいた金柑の実。余りにも小さいので利用方法は少ない。それでも、小さな庭に植えたり、鉢植えで育てている家庭をよく見かける。パット拡がる人気はない。それだけのインパクトは残念ながら、花にも実にも持ち合わせていない。
小さな実であるが、一生懸命春後半まで黄色の色彩を放つキンカンがなぜか可愛い。幼い頃、風邪を引くと「咳止めだよ」と言って母親がキンカンの液を飲ませてくれた。甘く、少々酸味があった記憶がある。僕らが幼い頃は、そのような自然のものを薬として利用していた時代である。我が子にもいろいろな薬草を利用したものであった。
幼い頃の記憶がやたらと思い出されるのは、歳のせいだろうか。自分では決してそうは思っていない。世の中人工の色彩が氾濫している。植物や鉱物に観ることができる自然が織りなす色彩。それが蛍の光でも良い。次の世代が自然の中にある豊かな色彩を感じとって欲しいと願っているからに他ならない。

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