2010/7/26
バードソング・カフェの記憶 Rock N Roll
今月いっぱいで店を畳む中目黒のバードソング・カフェ
長い間お疲れ様でした
ぼくにもある種の感慨がある
この店の6年半がちょうどぼくにとっては 会社員だった
最後の3年と 会社を辞めてからの最初の3年半というこ
ともあり 最後の3年は飲み方が激しかったことや 新し
い3年半は穏やかな飲み方に変わってきたことも含めて
ちょっとした年代記(クロニクル)だ
ロック・バーとしてはお客さんの入りも クチコミで伝わ
ってきた評判ともに良く 成功した方だと思う
毎晩のように客のグループが2回転も3回転もすることや
女性客の足が途絶えなかったことは
同業者たちを羨ましがらせた
すごく解りやすくいえば 店主である梅澤くん自身がお客
さんとともに楽しみ それが客にきちんと伝播していった
ことが結果を出していった
音楽マニアのための巣窟であることよりは
異業種の人たちとの語らいを むしろ彼は楽しんだ
やがてリピーターは増えていった
むろんお店ごとの尊ぶべきカラーというのはあるだろう
また 客と店主との相性の善し悪しという問題もある
ただ遥か彼方の70年代のように 主が不機嫌そうな顔で
客を峻別したり 高踏的な態度に終始するような時代は
確実に終わりを告げたと思う 客は音楽だけを求めるの
でなく 話をしに来るのだということを 彼はほぼ正確
に鋭く読み取っていた そして彼は少なくとも美辞麗句
よりは ずっと実感のこもった会話を選んだ
ものすごく逆説的にいえばそれだけ時代が荒れ果て
砂漠のようになっていったのかもしれない
そして人々は今夜もロック バーの扉を開ける
それは結局 音楽を狭い世界に閉じ込めておくのか
それとも音楽とそこから派生するものを 柔らかな流れ
とともに見つめていこうとするのかという
ぼくにとっても大きく切実な問いだったような気がする
6年半という地点でのやや唐突な今回の閉店も
よりよい環境を求めて"次の店”に照準を定めた結果だという
末席の客としての自分の実感としても これほど感傷や
諦観が伴わない閉店というのも ちょっとない
それにしても ”気は心”
それが最後の最後までしっかりと伝わった店だった

きびきびとオーダーをさばいていく梅澤くん
夏なので氷モノのドリンクもどんどん出ていきます
「広告代理店に行くまえ 学校を出て最初に就職したのは
アパレルだったんですよ 自分が最も苦手で接点のないこ
とをあえてやってみようと(お金のために割り切って)
はじめから二年が限界だろうと 案の定キツかった(笑)
一部の人たちは根本からしてまるで異なる別人種だった
人間の”消費面”だけがすごくて 常にトレンドだけを追い
かけて疲弊している だから砂を噛む思いだった 一番
苦痛だったんです (音楽は)データの羅列だけだと苦し
くなってくるのよ お客さんにはレコードや曲を通して
自分を語ってくれたほうが お酒を飲んでいて楽しい
映画やら小説やら話がどんどん飛び火していくのがすごく
面白かったり ダーッて反応が返ってくる人ってカッコイイ
なって思うんですね」(筆者取材時に於ける梅澤氏の談話
より抜粋させていただきました)

長い間お疲れ様でした
ぼくにもある種の感慨がある
この店の6年半がちょうどぼくにとっては 会社員だった
最後の3年と 会社を辞めてからの最初の3年半というこ
ともあり 最後の3年は飲み方が激しかったことや 新し
い3年半は穏やかな飲み方に変わってきたことも含めて
ちょっとした年代記(クロニクル)だ
ロック・バーとしてはお客さんの入りも クチコミで伝わ
ってきた評判ともに良く 成功した方だと思う
毎晩のように客のグループが2回転も3回転もすることや
女性客の足が途絶えなかったことは
同業者たちを羨ましがらせた
すごく解りやすくいえば 店主である梅澤くん自身がお客
さんとともに楽しみ それが客にきちんと伝播していった
ことが結果を出していった
音楽マニアのための巣窟であることよりは
異業種の人たちとの語らいを むしろ彼は楽しんだ
やがてリピーターは増えていった
むろんお店ごとの尊ぶべきカラーというのはあるだろう
また 客と店主との相性の善し悪しという問題もある
ただ遥か彼方の70年代のように 主が不機嫌そうな顔で
客を峻別したり 高踏的な態度に終始するような時代は
確実に終わりを告げたと思う 客は音楽だけを求めるの
でなく 話をしに来るのだということを 彼はほぼ正確
に鋭く読み取っていた そして彼は少なくとも美辞麗句
よりは ずっと実感のこもった会話を選んだ
ものすごく逆説的にいえばそれだけ時代が荒れ果て
砂漠のようになっていったのかもしれない
そして人々は今夜もロック バーの扉を開ける
それは結局 音楽を狭い世界に閉じ込めておくのか
それとも音楽とそこから派生するものを 柔らかな流れ
とともに見つめていこうとするのかという
ぼくにとっても大きく切実な問いだったような気がする
6年半という地点でのやや唐突な今回の閉店も
よりよい環境を求めて"次の店”に照準を定めた結果だという
末席の客としての自分の実感としても これほど感傷や
諦観が伴わない閉店というのも ちょっとない
それにしても ”気は心”
それが最後の最後までしっかりと伝わった店だった

きびきびとオーダーをさばいていく梅澤くん
夏なので氷モノのドリンクもどんどん出ていきます
「広告代理店に行くまえ 学校を出て最初に就職したのは
アパレルだったんですよ 自分が最も苦手で接点のないこ
とをあえてやってみようと(お金のために割り切って)
はじめから二年が限界だろうと 案の定キツかった(笑)
一部の人たちは根本からしてまるで異なる別人種だった
人間の”消費面”だけがすごくて 常にトレンドだけを追い
かけて疲弊している だから砂を噛む思いだった 一番
苦痛だったんです (音楽は)データの羅列だけだと苦し
くなってくるのよ お客さんにはレコードや曲を通して
自分を語ってくれたほうが お酒を飲んでいて楽しい
映画やら小説やら話がどんどん飛び火していくのがすごく
面白かったり ダーッて反応が返ってくる人ってカッコイイ
なって思うんですね」(筆者取材時に於ける梅澤氏の談話
より抜粋させていただきました)

