東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/7/30

これまでのこと、これからのこと  Rock N Roll

ニール・ヤングの長い活動を振り返ってみると
気ままなソロとクレイジー・ホースとの共闘
その二つの間を 彼が往来してきたことが解る

言うまでもなく ベン・キースはその前者の
バンドマンとして ぴたりとニールに寄り添って
きた伴侶のような人だった

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ハンクからヘンドリクスまで
ぼくはこの道をきみと歩いてきた
この古いギターとともに
何とか出来るんじゃないかと思いながら

それほど期待していた訳じゃないけれど
ぼくは きみなら助けてくれると思っていたし

ねえ ぼくらは一緒にやっていけるのだろうか?
今でも手を携えながら やっていけるのだろうか?
そう 音楽という船を漕ぐみたいに

マリリンからマドンナまで
ぼくはきみの笑顔に恋をしてきた
なのにぼくらはカリフォルニア スタイルの大袈裟
な離婚を余儀なく受け入れている

歌うぼく自身が 失われた友のようだね
いやあ まったく同じ感情って奴は
きみを殺しもするし 生かすことも出来る

ときどき前が全然見えない
破壊された景色ばかりさ
でも ときどき 
愛の神様がぼくの汽車にやってくるんだ

窓にはめられたのは新しいグラス
樹木には新しい葉
そして ぼくらにはまた距離が生まれた

ぼくらはまた一緒にやっていけるのだろうか?
今でも手を束ねながら やっていけるのかな?
音楽という船を漕ぎ出していくみたいに

「ハンクからヘンドリクスへ」

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同曲が収録されたのはニール・ヤングの92年作
『ハーヴェスト・ムーン』
その歌は ここまでの道のりとこれからの歩みのなかで
揺れている
ちなみにニールは前年までクレイジー・ホースとともに
まるで電気的な体験のようなツアーを ソニック・ユース
たちを従えながら敢行していた

ニールとベン・キースが共同制作で携わったこの『ハーヴェ
スト・ムーン』は いわば”ホーム・アルバム”だったのかも
しれない

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00年に行われた“Road Rock" ツアーでのニールとフレンズ

左からペギ&アストリッド ヤング、”ダック”ダン、
ニール ヤング、スープナー オールダム、ベン キース
そしてジム ケルトナー
顔ぶれからも想像出来るようにアーシーで弾力ある演奏
がこのツアーの要
ベン キースはペダル以外にも通常のギター、ラップス
ティールを弾くなど バンドに彩りを加えた
このライヴ作のプロデュースも ニールとベンの二人に
よるものだった



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