東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/8/1

ハースのこと  

残念ながら先日のツアー終了を祝したパーティには行け
なかった(そもそも私は業界っぽい集まりが苦手だし
それをフカすようなクソガキも多し)けれども
ハースに初対面したのは99年の春
嬉しかったというか まさか会えるなんて思っていなかった

写真はその時のメモリアル

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75年のファーストと77年のセカンド アルバムはどちらも
甲乙付け難い出来 ただプロデューサーが違うと位相はこん
なにも違うんだと驚かされた記憶が残っている

1枚めはロビー ロバートソンが 2枚めはジョン サイモン
が この一筋縄ではいかないような男の
音楽を形にして示した

ドラマーの選択もファーストはラス カンケルで統一
対してセカンドでは ケルトナー、ゲリン、ガッドと使い
分けた こんなところにも肌合いの違いは くっきりと

ただしガッドの詰め込むようなドラミングに評価はくっきりと
分かれた ガッドは当時まさに売り出し中の 旬のタイコ叩き
だったが 小原礼がガッドの叩きを「上手過ぎて好きではな
い」
と発言していたことが やがて自分の審美眼とも重なっていく

ハースに戻って セカンドの表題曲をもしケルトナーではなく
ガッドが叩いていたら ニュアンスは全然違うものになってし
まっただろう(そこはジョン サイモン、きちんと解ってる)

小原はのちにリッキー ファターのしなるようなバックビート
と同期していく”ロックな人”なので 小原のガッドに
対する違和感がぼくにはすごくよくわかる(ような気がする)
ついでに言えば ハーヴィー メイソンも苦手なドラマーの
一人なんだなあ 確かに彼らはステディなビートを送り込んで
いくんだけど その先にあるsomething else がないんだ
よなあ〜

正体不明と言われたハースも 今ではチカーノであることも
判明して その音楽がますます謎を呼ぶような感じになった
(彼はブラジル音楽に多くを負っている)

余談めくが 最後にハース三題を(笑)

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失礼しました^ー^

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