東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/8/28

ただそこに土地がある 人がいる  文学

川上弘美『おめでとう』(文春文庫 初出2000年)を読了
大作を読破したあとはいつも短編集で骨休めするのだが
これがまた良かった 今年38冊めの読書でした

川上は綺麗な日本語を丁寧にリズミカルに使うなあ 
そんな印象はずっと変わらない そこから立ち表れる色彩
匂い 可笑しみ(ユーモア)が何とも味わい深い

音楽もそうだが 本や映画を筋書きだけで求めていくのは
いささか貧しい捉え方だといつも思う
そうじゃないんだ
優れた表現には筋とは別の色彩があり 匂いがあり ふと
立ち止まる一瞬があるのだ

説明的ではない修辞 美文を回避していこうとする心
文章というのは こうじゃなくっちゃ

西暦3000年の正月に向けられた表題作「おめでとう」は
黙示録的でもある

その主人公は昨日と同じように 御飯を炊き 魚を焼き
遠くに見える東京タワーを眺めながら
「自分のなかに遠くのものがあるのは不思議」
などと呟いている

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