東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/9/1

オビンの”B級”街道その7〜リンク・レイのいい仕事  Rock N Roll

50年代のギターインストを牽引したリンク レイはむろん
今なおガレージ ファンにとって神話であり英雄です
あの「Ramble」を聞いたことがないロック ファンは
まずいないでしょう

そんな彼も70年代になると自身のアルバムでスワンプロック
にシフトしたり かのエッグズ オーバー イージーをプロ
デュースするなど アーシーな南部路線を打ち出します
この時期もかなりいいのですが 本来の”無頼ギター”が懐か
しいと思うファンも少なくありませんでした
「おうおうレイ、あのゴリゴリ ギターを弾いておくれ!」

そんなリンク レイが突然復活したのは 77年のことでした
ワシントンDC出身のロバート ゴードンという青年がプライ
ヴェイト ストック レーベルからデビューした際 その片
腕的存在として再び脚光を浴びたのがレイ先生だったのです

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ゴードン77年のデビューLP ビリーリーライリー「レッド
ホット」やカール パーキンス「ボッピン ザ ブルーズ」
などロカビリー古典を惜しげもなくカヴァー
デイヴ エドモンズ先生に「彼はリヴァイヴァリストだ」なん
て言われてしまいましたが それはそれでいいというか先生も
人のことは言えないと思うのですが(笑)

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裏ジャケでゴードンと肩を並べるレイ先生
「ふふふ、再び ワシの時代が来たぜよ 明智くん」と思った
かどうか解りませんが日本ではあまり話題になりませんでした
しかし レイのギンギン エレキの復活は嬉しいものでした
う〜ん、B級だあ

調子に乗ってかこのコンビ 翌78年には早くもセカンドLPを
リリースします

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w/ Link Wray というタイトル ロゴに痺れまっせ!
確かにゴードンの音楽は デイヴ マーシュ言うところの
「古いロックンロールの新しい守護者たち」の一群であり
時代を変革するような種類のものではありませんが
サウスサイド ジョニーの音楽に理屈が要らないのと同じ意味
で素晴らしいです

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裏ジャケでは 今回もまたツーショットのゴードン&レイ
ジョニー バーネット トリオ「ロンサム トレイン」や
エディ コクラン「20 フライト ロック」などを今回は
カヴァーしています

のちにレイの代わりにクリス スペディング(この人も永遠の
ギター渡り鳥ですね)をバンドに迎えるゴードンですが
その話しはまた別の機会に

既にレイは彼岸に ゴードンの最近の消息も私は知りませんが
きっとどこか場末のクラブで今夜も歌っているのでしょう
「へいへい、明日からはまた俺の時代だぜい〜」なんて嘘吹き
ながら

う〜ん、男は黙ってサッポロビール

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