東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/2/4

佐藤奈々子〜都市の気怠い午後のこと  

本当に久しぶりに佐藤奈々子の歌声を楽しんでいる
ラジオで何度か耳にしていたとはいえ
アルバムを通して聞くのは 恥ずかしながら今回がはじめてのことだ

なにせ彼女がデビューした頃 僕は20歳にもなっていなかったのだから
ガキが背伸びするような音楽として 躊躇していたこともある
当時 僕が夢中になっていたのはブルース・スプリングスティーンの
「闇に吠える街」であったりしたのだから

奈々子の音楽に流れているのは古いジャズの揺らぎ感であり
ジム・クエスキンとラヴィン・スプーンフルが共演したような心地佳さであり
当時隆盛を極めていた荒井由実的な洋楽の匂いであったり
そして ダン・ヒックス&ホット・リックスの少し生意気な後輩といった風でもある

でも 今こうしてじっくりとCDを聞くと
彼女もまた 街や都市にコンセプトとアイディアの源泉を求めていたことが
よくわかる

勝手な想像をさせて頂ければ
奈々子の音楽にはヨコハマの匂いがする
未だ たまにヨコハマに遊びに行ったりするだけで緊張してしまうのは
きっと船に乗って上海に乗り込んでいった戦前のジャズメンの物語や
多くの嬰児(言うまでもなくアメリカ兵と日本人の間のことだ)が埋められている
墓のことが 強烈な追体験となっているからかもしれない

舶来文化という言葉が懐かしい
そんな言葉が輝いていた時代が かつてあった
確かに存在した
奈々子の歌はその跡地を彷徨っている
むろん甘いスウィング・ビートを織り交ぜながら
遠い波の音を聞きながら




(付記)
奈々子が音楽活動を再開するきっかけになったのが
ニール・ヤングの「ハーヴェスト・ムーン」のアルバムだったそうだ
ちょっと彼女との距離が埋められた気がした





      






2007/2/5  17:53

投稿者:obin

谷口さん、土曜日は楽しかったですね
そうですか デビューした頃の奈々子と
一緒のステージも経験されているなんて
羨ましい限りです

また飲みましょう!

2007/2/5  9:58

投稿者:taniyan

マリア・マルダーが我々(OCB)のアイドルだった時(1976,7年頃)参加した野外コンサートで奈々子ちゃんのステージをメンバー全員で見ながら「かわいいね」「マリアみたいだね」って話してたのを思い出しました。

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