東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/2/18

去っていく人、待ち受ける人生  文学

今日は朝から青山七恵の「ひとり日和」を読んだ
久しぶりに芥川賞らしい芥川賞作品を読んだ気持ちになった
読み終えた時は まだ午後の陽差しが差し込んでいた

二十歳の女の子の目を通した変哲のない物語かもしれない
主人公は退屈なアルバイトをしているだけだし
いささか不器用なセックスを出会うたびの男の子と繰り返すだけだ

それでも底辺には”繰り返しの人生”に関する諦観や恐れが蠢き
同居するおばあちゃんの目線が重なることで
単に若い人が若い感情で殴り書きしただけではない染み(のようなもの)を残していく

村上龍が「嘘のない自立を描いた作品」と評したように
この小説は これから新しい季節を迎えようとする女の子の成長物語である
だが結論は何も明かされていない
何しろ彼女は最後に 既婚の男に会いに行くのだから

彼女が下宿するおばあちゃんの家の描写がいい
その家からは私鉄沿線の駅がすくっと見渡せるし
行っては帰す電車や それに乗る人々も窓越しに映し出されている

駅という出会いと別れの場所が
まさにメタファーとして
彼女の物語の もう一つの軸になっている
もう一つの 力強い軸になっている



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