東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/4/29

さらば、サラリーマン  

しかし まあよく24年間もネクタイを締める生活をしてきたもんである
自由業もとい”よろず業”を始めて2か月が過ぎたけれど
会社員生活がまるで もう遠い昔のことのようだ
こっちは感傷に浸る暇もなく 原稿を書きまくっているからね

しかし みんなで(表向きは)仲良くランチなんかを食べている彼ら
花見の席で酒飲んで上司に媚びている彼ら 
う〜ん 決して否定はしません
そっちのほうが案外まともだよな〜などとも思ったりして

だけど 身に迫る不安はあまりなく
毎日のように図書館に行き
午前中の光の粒子を浴びる幸せのほうが遥かに上回る

繰り返して聞くべきレコード
何度でもページを戻しても読むべき本
考え続けなければいけない過去と未来
それらを前にすると
これでよかったと思う
思い込もうとする

人々は僕に「そんなに甘くはないぜ」という
いつか過酷な現実のまえで呆然と立ち尽くすのかもしれない
それでも 僕は思うのだ
甘い夢さえ見ることが出来ないとしたら
それは 何と窮屈でつまらない社会なのだろう と

あなたが会社員であれ フリーであれ
尊厳と誇りを持った生き方は きっと出来るはず

俺たちに今問われているのは
たぶん そんなことのような気がする






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