東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/5/31

5月30日  

今日はほんとうに久しぶりの休日だった
朝起きてワープロに向かわなくていいのである
う、嬉しい(涙)

早速 買っておいたディラン「ドント ルック バック」のDVDを観る
以前観ていた作品だったとはいえ
この時期のディランのカッコ良さはただごとではない
むろん外見だけのことではない
自分の脳内意識と世間との乖離というかスピードの違いに
苛立っている様子が 鋭利なナイフのように突き刺さって
くるのだ
圧巻は「タイム」誌の記者や”学生代表”のインタヴュアーを血祭りに上げていくシーン
その攻撃性とか容赦しないアティチュードといったら
うわべだけのパンクロッカーの比ではない

ちょうど個人的にも 佐野への取材を終えたばかりの時期だっただけに
取材における最低限の心構えであるとか
ピンボケな質問や判で押したようなイメージで語ることが
いかに相手を萎えさせるかという 原初的なことを再確認させられた

あえて 記者側にひとつだけ同情するとしたら
メディアも含めた世間一般がディランの描くヴィジョンに
追いついていけなかったということだろう
ディランをコミュニスト(共産主義者)とかアナーキスト(無政府主義者)とか
言うだけで精一杯だった1965年のロンドンだったのである
そんな時代の記者を一方的に(今の視点で)あざ笑うことに
僕は どうしても抵抗がある

「ラヴ マイナス ゼロ」や「シー ビロングス トゥ ミー」で
歌われるイマジネイティヴな言葉の連なりを聞いていると
今でも本当に受け止めるのに精一杯という気がする

僕ら聞き手は判事であってはならない
ディランという余りにも巨大な山に向き合うのに必要なのは
そう
just imagination !

それだけだ









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