東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/6/24

ある6月の午後 彼女は  

「人災の場にまっ先に駆けつけて書くのが報道記者 小説家は最後であるべきだ」

カズオ イシグロと池澤夏樹は対談のなかで そんな会話を交わしたという
「最後であるべき」ということに 見据える対象への覚悟が伺える

渋谷の温泉施設の爆発事故から数日が経つ
ほとんど枠組みだけとなった焼け果てた建物
この写真は強烈だった
「殆ど何も残らない」というメッセージが暗喩として
あまりにも残酷なのだ

たまに気分を代えて 近くの銭湯に行くくらいの僕は
渋谷に こういう施設があること自体 知らなかったけれども
若い女性たちの”癒し”の場として 人気だったらしい

そりゃそうだ オフィスで仕事の山をこなし
まして人間関係という複雑な空気にも日々接しながら
東京で一人で生活をしていくことは
恐らく 街で聖者になること以前に
大変なこと

気ままな生活をしている僕だって
原稿に悩んだり 編集者に意図が伝わらないときは
温泉にでも行きたくなる

そこに行く客ではなく
その施設で尽力する従業員が犠牲になった
ホテル勤務から転職しその温泉会社で働く彼女
彼女の人生 まだ始まったばかりの人生は
肯定されるべきだった と僕は思う

彼女が玄関で靴を履く
「行ってきます」と言う
父は自分の身長に近くなった娘の前で頷く
10代の頃は父親との齟齬もあっただろう
だが彼女は今 父親とともに暮らし
昨日は彼の60歳の誕生日に手紙とチョコレートを贈った

通勤の途中で
彼女は父親のことを考えていた
父親に宛てた手紙のことを考えていた
通勤の途中で
彼女はボーイフレンドのことを考えていた
彼氏とは喧嘩したばかりだったが
次の朝には 忘れてしまうような諍いに過ぎなかった

仕事が終わったら
家に帰ろうと思っていた



















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