東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/2/16

重松清〜凡庸のなかの真実  文学

重松清という作家に関してはこれまで「カシオペアの丘で」と
「重力ワゴン」と そして今「トワイライト」を読んでいるに
過ぎないのですが 奥田英朗ともども私と共通するバックグラウンド
(大阪万博、キャンディーズの後楽園、バブルの狂騒など)があり
なんとなくですが 悪くはないと思っています

村上春樹ほどスタイリッシュな語彙や文体というものはないのですが
その分 扱っているテーマ(離婚、リストラ、齟齬、友情など)には
広く一般性が感じられて こりゃ売れるよなあとも感じますし
時代の推移を見つめる眼差しにも共感したりして、、、

「トワイライト」にはこんなシーンが出てきます
リストラ宣告をされた とある中年男子が
派遣社員の若い女の子と どさくさまぎれに飲みに連れ立ちます
自分の話を真摯に聴き 受け止めてくれる女の子
その様子に彼もまた心動かされ
自分の心情をより語っていくのですが
結果的には 利用されるだけの結果に終わっています
そう まるで一夜のゲームのような

群像を描くというところも
重松作品に見られる大きな要素です
「僕」と「あなた」だけではなく
同世代の違う主人公たちを同時に登場させて
それぞれが抱えた現在や過去を書き込んでいくことで
作品はより重層的な ほろ苦い響きを獲得していくのです

青春群像といえば映画「ビッグ チル」や
「アメリカン グラフィティ」を思い起こす方も
少なくないでしょう
あるいは「世界のすべての7月」といった小説を

自分たちが描いた未来が
現実という残酷な重みのなかへと埋没していく
考えてみれば これもまた重松が抱えた永遠のテーマです
そう、まるでジャクソン ブラウン「プリテンダー」のように















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