東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/6/10

匿名氏への公開質問状  

前略  あなたがご自身のHPで書かれた拙書『my favorite of US Records』に
関するレビューを拝見しました 個人的な受け止め方や感性の違い
あるいは互いが帰属する世代の違いはともかくとして 一点どうしても気に
なったのは ”70年代ロック幻想” という表現を用いている点です
果たして ”70年代ロック幻想” とは何なのか どういう文脈でお使い
になられたのかを なるべく具体的に教えていただけますか?

補足的に個人的な見解を述べさせていただければ
ロック音楽は60〜70年代に幾つかの実りある収穫の季節を
迎えたと私は考えています
その後は娯楽化の一途を辿って堕落したと思える一方で
パンクやラップそしてオルタナティヴ ロックなど
注目すべきムーヴメントを生み出しながら
現在も進化し続けています

ただこの本はそうした史実を ”説明” するためのもの
ではありません 前書きで触れましたように
これはひとつの世代がその時代に親しんできた音楽を
アルバム ジャケットとコラムで楽しむための書であり
いわば年代記や報告記のようなものになればいいな
という願いを込めました

あなたが私の書に何を期待されたのかは解りませんが
カントリーやブルースといったルーツ音楽はもとより
現在のシーンといったものには あえて踏み込んで
いません

そのようなことについて書く機会があればいいとも
思うのですが 私よりもっと新しい世代の書き手
の文章を読んでみたいという気持ちもあります
(ディラン好きが必ずしもジェイコブ ディランに
ついて ティム バックリーのファンが必ずしも
ジェフ バックリーについていい原稿を書けるわけ
ではないという思いが私には強くあります)

音楽体験の核となるものが異なれば
ロック音楽に対する見方や価値観が違って
くるのも当然なのですが
 ”70年代ロック幻想” に関する
貴氏の見解をお聞かせいただければと
思っています
乱文をお許しください
草々

小尾 隆










2008/6/10  21:41

投稿者:匿名

♪小尾さんのお書きになっている本や寄稿文、ブログ、ライナーなどを否定しているわけではありませんから、誤解のなきようにお願いいたします。あくまでもぼくの私見を述べているわけですから、どちらが正しいとか言うつもりは毛頭ございません。老婆心ながらブログでの言葉使いはくれぐれも気を使われたほうがいいと思います。
♪地元・茅ヶ崎『ブランディン』での新書披露DJ、時間があれば覗くようにします。「別れの挨拶に代えて」は、余りにも心が痛みますので削除お願いいたします。茅ヶ崎の小尾ファンの後輩に送った『MY FAVORITE OF US RECORDS 1960sー1970s』は、本人とても感動しておりました。羨ましい限りです。ちなみに後輩は拙の近著は、つまらなかったといっておりました。様々な音楽ファンがおります。それでいいのだと、思っております。

2008/6/10  18:03

投稿者:obin

追記:本当は御本名でお呼び差し上げたかったのですが
匿名さん、以前僕のことを「おびちゃん、おびちゃん」
と言って可愛がっていただきましたね
いままで本当にありがとうございました
感謝しています (小尾)

2008/6/10  14:58

投稿者:obin

早速のお返事ありがとうございます
いろいろな音楽をフラットな耳で沢山聞かなければいけないという御持論はよく解りますし至極当然のこと
でもありましょう その点でいささか役不足の若手ライターたちがいることは おっしゃる通りです

ただ私が音楽評論の場に求めるものはそうした知識や
情報の羅列ではありません こればっかりは感性の違いとしか言いようがありませんが 私は発せられる音楽があるとしたら それを聞く側にも様々な思いや物語といったものがあると考え 信じています あなた
がそれをノスタルジックである あるいは押しつけであると感じてしまうことに どうしても埋められない
距離を覚えてしまいます いわゆるロック世代も成熟
した大人になり 社会の様々な局面で悩み 苦悩し
新たなる自己探求を課せられています そうしたテーマを描いた映画や小説で ときに小道具として ときに時代背景としてロック音楽が(いささか感傷的に)
使われる場面は 私にとってけっして悪い体験ではあ    りません(例:映画であれば『あの頃、ペニーレインと』や『再会の街で』 小説であれば『世界のすべての7月』や『水曜の朝、午前三時』など)

むろん かつてあなたにお世話になった恩義は忘れて
いませんし いくつかの温かい思い出も蘇ってきます
ただやはり目指すべき地点や人生観が異なる以上 これ以上やり込め合っても無駄のような気がしませんか?
あなたには「生意気な若造めが!」と映るのかもしれませんが やはり時が変われば人も変わり それぞれの道を歩んでいくしかないのです
別れの挨拶に代えて

2008/6/10  13:33

投稿者:匿名

♯03
 最後のロック音楽ライターの資質に少し触れておきます。(これは小尾さんを個人攻撃しているわけではありません)。ロック・ライターは、まがりなりにも原稿でお金を頂いているわけですから、”USロックの歴史”を語る上ではロカビリー、ロックンロールはもとより、40年代以降の黒人音楽、ブラック&ホワイトのミュージシャンで発展したジャズ、
ラテン、ハワイアン、いつも時代の最先端のポップスとクロスオーヴァーしながら発展したカントリー・ミュージックなどを念頭に書いていただきたいと思っております。

2008/6/10  13:32

投稿者:匿名

♯02
 で本題に入ります。”70年代ロック幻想”ですが、これはノスタルジックに溺れる思想とでも申しましょうか、”あの時代(70年代)だけの音楽の素晴らしさ”に共有(無理やりと感じることがあります)を求めることを指します。
70年代ロックを個々に固執するのは勝手ですが、”70年代ロック幻想”と思しき原稿、レコード紹介が、ブログとか単行本、雑誌とか公の場で露出されると、どうも苦手です。もっと過激な言葉で申しますと、「古い音楽(70年代ロック)が最高!」と、おじさんの感性を押し付けるように思えてなりません。こうした状況に出会うと、ついついこの言葉を使いたくなります。先にも触れましたが、50年代のアメリカン・ポップスのなかにもロックは存在しました。ですから60年代、70年代に固執する必要性は深く感じておりません。そればかりでなく、いま進化中のアメリカン・ロックも大好きです(ちなみにいま大好きなのは、ジャックジョンソン、テッド・レノンです)。個人的には60年代、70年代のレコード体験は、小尾さんがおっしゃるとおり「実りある収穫の季節を迎えた」と思っております。があまりあの時代の名盤(!?)の存在を声高にアピールすることに疑問を感じております。


2008/6/10  13:30

投稿者:匿名

♪できれば私信はお会いするなり、メールで述べていただきたかったのですが。
♪最後まで匿名でお許しください。
♯01
<ロック音楽は60〜70年代に幾つかの実りある収穫の季節を迎えたと私は考えています
この点は同感ですが、シンコー・ミュージックのレコード・ガイド本『Rockabilly』で述べたとおりアメリカン・ロックの原点を簡潔に言いますと、“始まりはやはりエルヴィス”だと思っております。ということで、USロックを語る上では1950年代中盤から沸き起こったカッコいいダンス・ミュージック「ロカビリー」「ロックンロール」は、外すことができません。これが持論です。ですからこうしたまだ聴くべき音楽、学ぶべき音楽がデジタル世代で容易に聴けますので、こうした点もロック系音楽ライターは留意すべきだと常々思っております。

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