東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2008/6/29

符合という名のファンタジー  文学

角田光代の『八日目の蝉』(中公新社)を読了
角田の小説は『空中庭園』と『対岸の彼女』
そしてオムニバスの『三面記事小説』と 読んでいて
これが4冊めだったが
僕としては これが一番良かった

第一章が犯罪者(幼児誘拐)を主役に
後半の第二章が その幼児が大人になった時点
からを主役に
話しは一気に終盤へと収束していく

背景としては 80年代の日本があって
家庭の崩壊や ”癒し”産業の怪しい台頭があり
恋愛に於ける不実が すぐ近くにある

犯罪を犯すような人間に同調するな
そんな言い草を述べることは とても簡単だ
いわゆる社会のモラルというやつね

しかし犯罪者の心を丹念に追いかけていくことは
ルポライターや小説家に与えられた使命である
彼らは 何も裁判官ではない
むしろ 善悪を区別する人間の方が傲慢ではないか?

そんな問いにしっかりと 丁寧に言葉を与えた角田
終盤に於ける あまりにも美しい符合
こればかりは 読んでみてください
角田さんは それを描き切った

















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