東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/2/1

1月31日  

渋谷の li-poで天辰保文さんのトークイベントに参加
今回は御本人も実際に体験された「ラスト ワルツ」
に関する話だ

その時には解らなかったことが後から次第に意味を
帯びてくる 確かそんなようなことを淡々と話され
ていたのが印象に残った
いたずらにロック伝説に付加するような言説はそこ
らに溢れているが そうではないところで言葉を生
み出していくことこそ 重要なのだと思う

指摘されていたことだが マーティ スコセッシ
とビル グレアム(註1)との間で起こった”ライヴ” 
をめぐっての見解の相違も いかにもという感じだ
グレアムにもっと発言権があれば
「ラスト ワルツ」は恐らくまったく異なる映画
になっていただろう

そんなこと(註2)も含めて妙に感じ入ってしまった



註1 ビル グレアム
60年代からフィルモア オーディリアムを運営する
などロック文化に大きく貢献したプロモーター
またマイルス ディヴィスやアリーサ フランクリン
など異なるジャンルのブッキングにも尽力した
「聴衆とともにある」が彼の信条だった
その軌跡は『ロックを創った男』(大栄出版)に
詳しい

註2 そんなこと
「優れた映画ではあるが やり過ぎだ」という
のが『ラスト ワルツ』に対する小尾の感想
過去「神棚に祭り上げられたラスト ワルツ伝説
から抜け出して 再編ザ バンドは堂々と町に降
りてきた」といった旨の原稿を書いたこともある


酒量:ビール2 焼酎1












2009/2/1  20:12

投稿者:obin

そうした感覚に関しては どこか一流過ぎ
るものや もっともな英雄伝説に馴染めな
い僕の見方があるからかもしれません

極端に言ってしまえば パプ ロック的な
目線で追いかけていくと 再編ザ バンド
も愛おしく思えてくるような、、、

言い忘れましたが 先日はお気遣いありが
とうございました

2009/2/1  18:50

投稿者:Almost Prayed

「ラスト・ワルツ」を観ると、(現場のカメラのトラブルが原因とは言え〉ステージ撮影で同じようなアングルが続くこと、そしてバンド全体の総意というよりも、ロビー・ロバートスン個人の見解のほうが強く出過ぎてしまっていること、これらが自分にはどうしても引っ掛かってしまうところです。リヴォン・ヘルムも自伝の中で語っていましたが、なぜにニール・ダイアモンドを呼ぶ必要があったのでしょう?

ステイプルズとの共演や、エミルー・ハリスを招いての演奏など、音楽的な聴きどころも多い作品ですけれど、「やり過ぎだ」という小尾さんの感想は理解できます。再編ザ・バンドに対する悪評の要因には、「あそこまで派手な引退興行しておきながら・・・」という思い(例:グリール・マーカス〉が強く作用していたのではないでしょうか。彼らの名声というのが、気の毒にも逆に作用してしまったのですね。

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