東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/2/13

2月13日  

「音楽が聞こえてくる小説というテーマでミニ特集を
しませんか」と塚本ヒロユキさんからメールを頂い
たのは 今年に入ってまもなくのことだった

音楽とはそれ自体が独立したものではなく 聞き手
によって育っていくもの(日々の営為から時代まで)
だと考える僕にとって それは嬉しいお誘いであり
その瞬間に僕は 書く本をオブライエンにしようと
決めていた

塚本さん、大城譲司さん、そして僕の三人が選んだ
書物は 作家も 描かれた時代も そして聞こえて
くる音楽も異なるものの 音楽の周りに人々がいて
彼らの物語が語られ 大きくいえば時代といったもの
があぶり出されていくといった意味では 共通する

音楽と言語との関係性については塚本さんによる序文
が簡潔に言い含めていると思うが いずれにしても
人という営為のなかに 言葉があり音楽があるという
僕の見方にも重なるものだ

よろしかったら 読んでみてください

http://bookjapan.jp/search/feature_detail.html?id=F28







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