東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/7/14

ジェシ ウィンチェスター〜故郷と歳月のこと  

「私は国境警備隊に追跡されていた。ヘリコプターと
サーチライトと吠える犬。私は死にもぐるいで森を抜
けた。私はよつんばいになって身をひそめた。人々は
私の名を呼んでいた。当局はありとあらゆる方向から
私を追い詰めていた。我が町の徴兵委員会やらFBIやら
王立カナダ騎馬警官隊やらだ。何もかも気違いじみて
いて、あり得ないことのように思えた。私は二十一歳
の、ごく普通の青年で、ごく普通の夢とごく普通の野心
を持っていた。そして私の望んでいることといえば、
生まれついたとおりの、ごくまっとうな人生を送るこ
とだった。私は野球とハンバーガーとチェリー・コーク
が好きだった。そして今や私は永遠に祖国を捨てて逃亡
するかどうかの瀬戸際に立たされていた。それは私には
とても信じられないことだったし、悲しくおぞましいこ
とだった。」
(ティム・オブライエン* 「レイニー河で」より)

レイモンド カヴァー同様オブライエンも村上春樹の翻
訳によって日本でも人気を得た現代のアメリカ作家の一
人です 上記に引用させて頂いた「レイニー河で」は
ヴェトナム戦争をめぐる自らの体験(オブライエンは69
年の2月からおよそ一年間従軍している)を纏めた短編
集『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳 文春文庫
)のなかに収録されていますが 徴兵されたオブライエ
ンがカナダへの逃亡を計る途中で物言わぬ老人と出会い
彼に匿ってもらった6日間の日々を回想したものであり
愛国心と銃を持つこととの間で逡巡し引き裂かれる青年
の心情が赤裸裸に書かれていて息苦しくなるほどです

彼自身が文中で告白しているように「野球とハンバー
ガーが好きなごく普通の青年」が 徴兵をきっかけに
大きな運命の渦とでもいうべきものに翻弄されていく様
は 当時の(今もですが)アメリカの青年たちにとって
日常の一歩先に迫り来るのっぴきならぬ現実でした そ
れは語っても語り尽くせないことなのかもしれません
にもかかわらず 作家としてのオブライエンは「彼は
いつもヴェトナムのことばかり書いている」と批判され
一時は自殺まで考えたと伝えられています 同じことを
書き続けることのほうが ずっと強い芯がいることなのに


徴兵から逃れてカナダに渡ったといえば ジェシ ウィ
ンチェスターというシンガーソングライターのことを
思い起こす方も少なくないでしょう 1942年ルイジア
ナ州シュリヴボートに生まれた彼もまた オブライエン
ように 見えざる手によって軋んでいくような道を歩ん
だ人でした まるで当局が差し出す「お尋ね人」のよ
ように彼の70年のファーストアルバムに貼られた顔写真
が 故郷を捨てカナダへと漂流していったジェシの姿を
皮肉っぽく あるいは自嘲気味に伝えていました

あれから長い歳月が経ちました ジェシ自身も77年には
カーター大統領の「恩赦」によって故郷ルイジアナへ戻
っています そんな彼が久しぶりの新作『Love Filling
Station』を発表しました その温厚な作風は シンプル
で風通しのいいサウンドのなかでこそ映えると思うので
僕はあの素晴らしかった弾き語り集『Mountain Live
Stage』と同じくらいこの新しいアルバムを楽しんでい
ます そして現在の彼の顔をかつての「お尋ね人」と重
ね合わせてみると 残酷なばかりが歳月ではないといっ
た温かい思いに満たされます いやあ それくらいいい
顔をしているんですよ 今のジェシは
永遠に奪われてしまった時間さえあるというのに

ジャケットには何の変哲もないガソリン給油機が映って
います 録音されたナッシュヴィルの街角にあるものな
のしょうか アメリカの人々にとって 車に乗って 
”移動” することが日常であり また現実からの一歩
先であるとするならば ここに置かれたガソリン給油機
がほのめかすものは やはり旅なのかもしれません

かつて祖国を捨てた青年が 今まるで「レイニー河で」
に描かれている ”物言わぬ老人”のように あの日の
オブライエン青年に向けて優しく 思慮に富んだ眼差し
を投げかけています そのような循環や時間という試練
のなかで ジェシの歌は再び生命を吹き返していく
そうした営為のなかにこそ歌は宿るのではないでしょう
か それがたとえ「Sham-A-Ling-Dong -Ding」のよ
うに 十代の無邪気な恋愛を振り返った歌であったとしても



*ティム オブライエン

1946年 ミネソタ州オースティンに生まれた
1969年の2月から1970年の3月までヴェトナム戦争に
歩兵として従軍し のちに作家生活に入る
代表作は『ニュークリア エイジ』『本当の戦争の話を
しよう』『世界のすべての七月』など
ちなみに彼の良き理解者である村上春樹は『七月』のあ
とがきのなかで こう言い表している
「オブライエン本来の無骨さというか、不器用さという
か、ある種の下手っぴいさは、今でもじゅうぶんに僕ら
の耳目を引きつけることになる。たとえ彼の作風が進化
し、技術が進歩したとしても、彼の下手っぴいさはそれ
で解消するわけではなく、むしろ下手っぴいさそのもの
が進化し、進歩することになる。そういう不思議な趣が
オブライエンの小説にはある。(中略)オブライエンは
文学的下手っぴいさの孤累を守り続ける。」

















2009/7/15  3:11

投稿者:obin

訂正:65歳ではなく67歳になるんですね
素晴らしきジェシ ウィンチェスター!

2009/7/15  2:53

投稿者:obin

コステロ自身がジェシの「給料日」を
取り上げ、「きみのレコードコレクション
にジェシを加えてくれれば」なんてコメン
トしていましたね

almostさんのようなパンク以降の聞き手
がジェシのような人を”再発見” していく
のもまたスリリングな体験かと思います
(ついでに拙logも〜笑)

ロン セクススミスを最初に聞いたとき
僕はその声質がティム ハーディンに似
ていたのが新鮮な驚きでした

今年65歳のジェシですが なんだか
とてもフレッシュな新作ですし「聞き
手」としてこういう人と再び出会える
ことの喜びを噛み締めています





2009/7/14  23:52

投稿者:Almost Prayed

ジェシ・ウィンチェスターのことは、エルヴィス・コステロが共にツアーを回ったロン・セクスミスに対して「キミの作品によく似ているから聴いてみろよ」と、アルバムをプレゼントしたという話から知ったのですが、ベアズヴィルからのファーストを聴いて、一発で好きになりました。表面的な派手さも強烈さもありませんが、聴き手の心にじんわりと染み入るような、緩やかに柔らかく広がる音の世界が素晴らしいですね。流麗さに向かうのではなく朴訥な風情が漂うのが、南部出身者らしい味というのでしょうか。そういうところがいいですね。

彼の作品を全て追いかけているわけではないので、近況については全く存ぜず、新作が発表されたことも存じませんでした。近年の50〜60歳代のヴェテラン勢は、年月を重ねたからこそ表現できる奥深い世界というものを聴き手に感じさせる快作を発表している面々が多いように感じますが、そういう作品を探し当てて触れていくのは、聴き手として非常にスリリングなことですね。

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