東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2009/10/15

河口を探し出していく中村まりの歌  

河口を静かに辿っていくような 中村まりの歌に
14日 生演奏で初めて触れた

僕にはほとんど馴染みがない 曙橋のバック イン
タウンという店でのライヴだったけれども
程よい空気が会場を満たし
ほっこりとした土の匂いや樹木の揺らぎを思い起こさ
せるような歌の数々が 奏でられていく
淡々としたステージ運びが かえって歌に生命を宿
していくような そんな流れを感じずにはいられない

フィンガー ピッキングと 喉元でわずかに震える声
彼女自身がときにハーモニカやジューズ ハープを
吹き フィドルとバンジョーそれぞれの仲間が
歌の周りで跳ね 踊る場面もあった

「night owls」の夜に染み渡っていくかのような
情感 「seeds to grow」の陽光に向かって
思いっきり背中を伸ばしていく響き  
それらが中村まりという人としっかり手を携え合って
いる

僕のような怠惰な聞き手にとっては 昨日のうちに水を
差すはずだった植物に 今日になってからやっと雨を
降らせたような そんな申し訳ないような感覚も少なか
らずある

今日という日が昨日の続きでしかなかったり
明日とやらというものが今日の延長でだらだらと顔を
もたげる
そこにあるのは息を呑むような水平線ではなく
まるで昨日の新聞のようなガラクタに過ぎない

そんな日々のなかで
僕は彼女のような歌を見つけられるだろうか
水曜も木曜もただ流れていくような時間のなかで
僕は中村まりのように
河口を探っていくことが出来るだろうか

そんな祈りの感情すら
彼女の音楽は そっと運び込んでくる

http://www.marinakamura.net/


〜追記〜
終演後念願かなって まりさんと初接見
拙書『Songs』を差し上げて握手を交わす
とても丁寧で感じのいい方でした









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