東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2010/4/29

神話なき時代のファンタジー  文学

として『1Q84』Book 3 を読んだ
全602ページ 今年23冊めの読書
(22冊めはとくにここで紹介する価値を感じなかった)

Book 1 と2をおさらいしながら進められる3だが
ここでもまたあぶり出されていくのは”奇妙な時代”に暮らす
私たちそのものである

より具体的に作者にのしかかっているのは宗教のことであり
明らかにオウム真理教を仄めかすカルト宗教が登場する
そうした手強い誘惑なり世界観から いかに正気を保つか

答えを書に探せば シンプルな着地点だとは思う
しかし ここには村上らしいクールな修辞があり
諦観めいた物言いがあり 何よりも初期作品から一貫する
生と死への真摯な眼差しと 権力への抗いがある

「移動」しながら彷徨っていく物語という意味では
あの懐かしい『羊をめぐる冒険』とも
最近では『海辺のカフカ』とも共通するだろう
(一人称の可能性を探ってきた村上が 三人称で推進する
ことの意味も考慮されたし)

かつて”羊”という権力のメタファーを使いながら壮大な物語
を作った作者だが
その目線が少しも失われていないことに気がつくとき
『1Q84』は やっと”まともな世界”で
微笑みを投げかけてくるだろう

そう 神話なき時代のファンタジーとして

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恐らく”読んでいない”コメンテイターがテレビでもっとも
なことを語っていました
思わず殺意を感じてしまいました(苦笑)


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気になる箇所に付箋をするのが私の習慣 あとあと便利です



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