東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/2/13

彼女の死〜誰も二十歳のままではいられない  

少しまえのことになるけれど
彼女の病死を 人ずてに知らされた

とくに親しかったわけではない
彼女は音楽仲間のいわばアイドル的な存在であり
僕はそれを遠巻きに眺めていただけだった
馴染みのロック喫茶でたまに会うと会釈をする程度の
関係だった
要するに僕は「その仲間たち」に入れない
いや 入る気がない生意気な青年だったのだ
どのバンドがすきで どのミュージシャンが嫌いか
そんな線引きをクールだと信じていた頃の話だ

それでも彼女がヒューイ”ピアノ”スミスを
リクエストすると 場の空気がすぐに明るくなったものだし
彼女がアーニー・グレアムの「シー・フィーヴァー」を頼めば
僕はアイルランドの暗い海のことを思った
ブリンズリー・シュウォーツや
ライ・クーダーにみんなが夢中だった時代の話だ

彼女の結婚後 たった1回だけ酒席で一緒になったことがある
「しがらみもまた人生ね それも楽しい」そんなことを                           
彼女は言っていた そう 大きくなったお腹をさすりながら

彼女を最後に見たのは 近年に行われたダン・ヒックスのライヴ会場だ
ご主人と一緒に見に来ていた彼女に声をかけたら
儀礼的な返事が返ってきた
無理もない 別に僕らは親しい間柄ではなかったのだから

それでも 同じような時間を過ごし
同じような音楽を好きだったかつての知り合いが
この世から去っていくのを目撃するのは やはり寂しくやるせない
それも自殺ではなく 誰にもやってくるかもしれない病気という
極めて現実的な原因だけに 刺さってくるものは少なくない

輝く季節をとうに過ぎても
どうして人は生きていかなければならないのだろう
あるいは死を受け入れなければならないのだろう
その試練とは一体誰のためのものなのだろう

すべてのことは移ろい
あらゆることが過ぎ去っていく

みんなのなかであなたが生き続けますように




2007/2/13

books on the room  文学

三崎亜記の「となり町戦争」(集英社)を読了
実感がないまま リアルなものとして受け止められないままに  戦争が始まり 終わる
そんな「僕」の兵士としての過程が「香西さん」という女性を絡めながら
語られていく ちょっと怖い小説だった
この続編というべき「失われた町」も読むのを楽しみにしている

本といえば 積読状態でほったらかしになっているものが増えてしまった
整理の意味も込めて それら未読のものを書いておこう
川上弘美「真鶴」山田詠美「風味絶佳」伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」
ジェフリー ディーヴァー「クリスマス プレゼント」などなど、、、

情報としては今年の「本屋さん大賞」の発表がもうすぐ
芥川賞に輝いた青山七恵「ひとり日和」の単行本が16日に発売される

たまに「いい大人が小説なんて」と言う人がいるけれども
そうした認識というか線引き自体が 僕は信じられない
経済の中枢を担っているような人は 一日じゅう株や日本円の動きを
追っていなければすまないのかもしれないが
厚生大臣の例の「失言」などを見ていても つくずく 自分の言葉を
なるべく正確に伝えるという訓練がされていないなあ と痛感させられる

それに何より 殺伐とした世の中だからこそ 数値に還元出来ないもの
自分と他者との結び目みたいなものが 求められているんじゃないだろうか
僕にとって小説は教養でも知識でもなく
自分の居場所を確かめるためのもの
言葉が乾ききってしまうまえに
普通の言葉に もっと力を






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