東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/2/19

昨日の新聞を誰が必要とするんだ?  Rock N Roll

ストーンズ67年のアルバム「ボタンの間に」が
ようやく自分のなかで きちんと鎮座するようになってきた
何しろロックンロールの殉教者としての僕にとっては
このアルバムはあまりにもコラージュや擬音が多すぎた
まともなロック曲は のちにキースがワイノーズで取り上げた
「コネクション」くらい
(何故かジャック・エリオットも歌っている曲だ)

それでも このアルバムは悪くないと思う
「ゼア サタニック マジェスティーズ リクエスト」の前哨戦という
気がしないでもないけれども
この混沌ぶりが 当時の彼ら 彼らの迷いとか
時代背景とやらを照らし出しているから

「コンプリケイデッド」のパーカッシヴなサウンドは
あの「悪魔を憐れむ歌」を予見させるし
続く「ミス・アマンダ・ジョンズ」のギター・ブギは
早すぎるマーク・ボランといった感じだ

ギター・ロックの文脈では到底語り尽くせない
切なく 冬の匂いがするアルバムだと思う
誰かに捨てられてしまった昨日の新聞(「イエスタデイズ・ペーパー」)
のような
ローリング・ストーンズの負の財産が ここに

うらぶれたようなアコーディオンのワルツ曲「バック・ストリート・ガール」
を聞くたびに
僕はブライアン・ジョーンズの粉々に散っていった魂のことを思う















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