東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/4/7

ジーン・クラークが好きだった  Rock N Roll

ザ・バーズ歴代のメンバーには個性豊かな人が多かったけれども
僕はジーン・クラークがとりわけ好きだった
どことなく影のある作風が心に残ったし
あっさりグループを抜けてブルーグラス・チームを組んだり
ソロ・アクトに踏み込んだりする一匹狼のような佇まいが好きだった
群れを好まず いつも俯き加減で ナイーヴで

ソロ作品ではやはり「ホワイト・ライト」(71年)が別格の出来映えだと思う
というか 僕は呆れるほどこのアルバムに針を落としてきた
彼の震えるような歌声は 僕を裏切ることがなかった
やや抽象的な言い方かもしれないが  そうした感想が確かにある

で その盤の初回版をとうとう見つけてしまった
お茶の水のディスクユニオンの投げ売りコーナーで 約1000円也
それも 会社で離職票の手続きを済ませた昼に

A&M SP4292という品番はセカンド・プレス以降も続き
レーベル面に書かれたWhite Lightという文字も生かされたけれども
ジャケットには 表にも裏にも 背表紙にさえ
その記述はなく Gene Clarkという文字だけが白抜きされているだけという
不可思議さ

そんな経緯があったせいか 日本キングのリイシュー LP(GXG1036 77年)にも
このタイトルは生き長らえた
現行のCDではどういう扱いなのだろうか
「ホワイト・ライト」という曲自体はA面の3曲めに収録されているものの
当時は何故このタイトルが? という論調が一般的だったと思う

アルバム・タイトルを比較的軽快で ザ・バーズを思わせる「ホワイト・ライト」の曲に
準拠させるのか それとも
ジーン・クラークというセルフ・タイトルにするのか
恐らく製作の時点で スタッフに迷いがあった結果なのだろう
そんな状況ひとつにさえ ジーン・クラークという音楽家が置かれた
中途半端な立場が露呈されているといったら  あまりにも酷だろうか?

ジーン・クラークの音楽は 聞き手に奇妙な染みのようなものを残していく
それはうまく言えないけれども
どんなに明るい光のなかに立ったとしても そのぶんその人の影は伸びていくような
孤独で危うい感情だと思う

光ばかりを求めていても駄目なんだ
暗闇に隠れているだけでもいけないんだ
勝利の美酒に酔いしれても 負け戦を繰り返したとしても
光と影は  ある日きっと束となって訪れる
それも突然に

そんな問いを僕は彼に投げかけてみる
ジーン・クラークは もう永遠に何も答えてくれないけれども



















teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ