東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/4/9

春だったね  

地元の江古田から池袋まで歩いたり
中野の哲学堂で休息したり
今日は社会保険庁で手続きを済ませたあと石神井公園の
川面を漕ぐボートを ぼんやりと眺めていた

原稿はやや小休止といったところ
今日はロニー・レイン原稿の手直しに
クリーデンス原稿に着手
トニー・ジョーには どんな質問をしようかな?

およそ30年まえの今頃も
こうして日溜まりの公園にいたなあ などと
所沢の米軍基地跡に出来た高校を卒業した僕は
ザ・バーズ「グレイテスト・ヒッツ」を買ったのだった

リッケンが鮮烈に響き渡る「タンブリンマン」や
輪廻みたいな「ターン・ターン・ターン」を聞き直すと
今なお僕は 新しい季節への予感に満たされていく
桜の木は 桜ばかりを咲かせていくわけではない

しっかりと根を張った大樹を見ていると
自分がいかに狭い世界しか見ていなかったかが 解る
いや 解った気がしているだけかもしれないけれども
それでも 気が付かないよりは ずっとましだ

靴底を見る
広がる空を追いかけていく
たぶん その繰り返しのなかに
答えが少しだけ隠れているのかもしれない



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