東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/6/12

6月12日  

午前中にトラヴェリング ウィルベリーズの原稿
を仕上げて送信
7月に出る彼らの2CD&DVDパッケージに関する
短い記事だったが
結局ロック音楽というものは 温故知新というか
古きを訪ねて新しきを知るというか
そうした円循運動<サークル>を描きながら
人生のように日々新しくなっていくものだという旨を
書いた

トム ペティやジョージ ハリソンが
あるいはディランが
ロイ オービソンに関して敬意を払いながら
このプロジェクトを推し進めていった様子は
きちんとドキュメント映像に映し出されている

先日 新たなる旅立ちをする友人のために酒杯を冠した
その方が店でリクエストしたのが
ディランの「マイ バック ペイジズ〜昨日よりも若く」
よほど胸に期するものがあったのだろう
カウンター越しに覗いたら 大きな目が潤んでいる

「マイ バック ペイジズ」の凄さとは
歳を重ねていくのとは真逆に
人間というのは日々新しい視線を宿していくということ
そんな命題にきちんと立ち向かっているからに他ならない

いずれにせよ さよならは始まりだ
空を見上げたら
夏らしい雲が見え始めた




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