東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/6/25

家族の肖像  

福岡市在住の妹から先日 雑用で久しぶりに電話が

会話している途中でやっと気が付いたのか
「あれ? そういえば兄貴どうして平日なのに家にいるの?」と
指摘され
「あ 言うの忘れてたけど 俺3月に会社辞めたんだ、、、」と
返したら 「ウソー〜!」
まあいくら家族といっても この程度の間柄である(笑)
お前こそ 福岡くんだりで一体何の仕事をやっているんだ? 
という気持ちを抑えつつも 電話攻勢されてしまった

以前 親に退職の知らせをしたとき
とくに父親が 驚かなかったことが印象的だったが
この放蕩息子に同じ血を無言のうちに感じていたのかもしれない

定年まで とある出版社の編集者を務めた父は
戦後のマイホーム至上主義の典型的なタイプであり
ひとつの会社を勤め上げることや
経済的に豊かになることや 子供を一流大学に進学させ
大企業に就職させることが 大命題という価値観に支配
されてきた(スミマセぬ 落ちこぼれで、、、)

にもかかわらず 父は会社時代から群れるようなことは
好まず 休日は大抵一人で読書をしていた記憶が残っている
少なくとも 接待ゴルフに出掛けたことはなかったし
個人的な酒は好んだものの 宴会でバカ騒ぎし酔いつぶれる
ような人間 集団でしか生きられないような男を軽蔑するよ
うな節が感じられた

編集者という職種が 彼をそうさせたのかもしれないなあ
と今では思えるようにもなったが
有名な作家と仕事したことを自慢したり 作家とつるむ
こともなかった
読書だと子供の目に映ったものも
よく見てみれば
彼は家で原稿の校正作業をしているのだった

ということで 妹の電話から
久しぶりに「家族の肖像」を
僕は思い出していた

夏の夕暮れ
大きな夕陽が妹の頬を染め上げる
隣で泥遊びをしているのが僕だ
犬が尻尾を振り
米が炊きあがる匂いが運び込まれてくる


子供たちにとって 休日に
父親がいて 母親がいて
一緒にご飯を食べる
そのことほど尊いものは ない

誰もが今日も無事に
家に帰れますように






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