東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/7/8

7月8日  

朝の報道番組を見た後 近所の図書館にて
秋口に出す予定の本の構想をひたすら練る この企画段階というのが
実に楽しく 沸き上がってくるアイディアが止まらない(笑)

休憩として「文學界」8月号より
小川洋子と川上弘美の対談「私たちと芥川賞」
桐野夏生と伊藤たかみの対談「”格差”をどう描くか」を読む

前者では私の好きな小川の資質のようなもの(動かないものや
過去にあったものへの限りない共感)が改めて浮き彫りになっていたし
テーマである芥川賞に関しても凡庸ではない洞察が為されていた
(川上の「真鶴」は買ったまま 読まなくては)

後者は傑作「メタボラ」を達成したばかりの桐野の発言が聞ける
だけでも必読モノだった 悪いけれど伊藤は引き立て役といった
感じを受けたが 晴れてフリー(ライ)ターとなった私には
社会のしくみというものの露骨さが 以前よりも感じられた
以下は仮想問題集みたいなもの


ーキミハナンデ カイシャヲヤメタノデスカ?
「あなたみたいな型にハマッた人間になりたくなかったからです
 あなたみたいに接待ゴルフや接待カラオケに時間を費やす人間に
 なりたくなかったのです あなたみたいに昨日の嘘を今日の本当
 と詭弁する人間になりたくなかったのです」
ードコニイッテモオナジコトデスヨ
「わかったような口をきかないでください やってもいないのに
どうしてそんなことを悟ってしまうのですか?」
ーワタシニハツマモコドモモイルシアワセダソレガイケナイトイウノハ
ゴウマンデハナイカ?
「自分とか自分の家族を守るのは当然のことです 今はそれが行き過ぎて
他人のことはどうでもいいという社会になってしまっています そういう
社会は窮屈です あなたの子供は仕方なく生きているあなたの姿を見て果たして
何を思うでしょうか?」
ーオヤオヤマタアオクサイコトヲ
「LOOK AT YOURSEIF もうあなたと会うことはないでしょう
あなたはいつもそうだった ”いつか”と言いながら自分で動くことは
なかった あなたの言うことはいつも言い訳ばかりだった
すべてが崩れ去った時 あなたは何を思うのですか?」
 








2007/7/8

ラジカルな知性  Rock N Roll

佐野元春の25年を凝縮した書籍「Mostly Motoharu」が先月から一般書店でも発売されています
佐野のHPに改めてこの本の紹介記事があり 雑誌からの転載という形で僕が
「ラジカルな知性〜佐野元春」というテキストを書かせていただき
ました http://www.moto.co.jp/mostlybook/
をご参照ください
また新作「COYOTE」を巡る評論に ベテランの編集/音楽評論家である
長谷川博一さんによるテキストが追加されています
こちらもチェックしてみてください

佐野ファンの方々のblogも回覧させてもらっています
とても共感したのは 歌詞に起こしてみると一見普通の言葉の
連なりに過ぎないものが 佐野の音楽となって歌われると俄然
輝いてくるという感想です これには僕もまったく同感です

ちなみにサウンド&ヴィジョンの連鎖として
「きみが気高い孤独なら」を聞いていると
僕はマーサ&ザ ヴァンデラスの「ダンシング イン ザ ストリート」
を思い起こします

安易な”癒し”や”連帯”ばかりを歌う消費的な日本の音楽シーンのなかで
「個」の尊さを歌ったこの曲は まるで奇跡のようです
Sweet Soul Blue Beat !





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