東京ローカル・ホンクの木下弦二さんから初めて電話をもらったのは もう二年ほどまえの夏だったろうか その時にどういう会話をしたのかは忘れてしまったが 僕たちのバンドを知って欲しい 聞いてみて欲しいという彼の気持ちだけはまっすぐに伝わってきた これも何かの縁(えにし)かと思いその後の僕は彼らのライヴに幾度となく足を運び またこれからも もっとライヴに行ってみようという思いは募るばかりだ 東京ローカル・ホンクの良さをどう表現すればいいのかはよく解らないのだが 今日もまた僕と同じように東京の空を眺め 同じような街並を歩き 戸惑いながらも呼吸をしていることは間違いなかった そんな風に自分の側にいるという親しみを持てるバンドに出会ったことに奇跡にも近いような感慨を抱いた まるで広告代理店が書いたような気取った歌詞や 見せかけのポーズや虚勢 あるいは英雄的な態度に終始しがちな日本の音楽シーンのなかで 彼らはいつもの商店街を行き交う人々を観察し 各駅停車の窓から流れる雲を追いかけたりしていた 彼らの織りなすサウンドスケープもまた大向こうを張るのではなく 微妙な感情や陰影そして日向の匂いをデリケートに運び込んできた ときには伊豆半島まで遠出したり草の燃える匂いを嗅ぎながら 結論を急がない心のありようみたいなものは形になりにくい でも僕は東京ローカル・ホンクの答えとか結論を求めない音楽のあり方に惹かれ続けている そうまるで池に投げられた小石のように (小尾隆 2009年6月23日:記)

2007/11/28

11月27日  文学

四半世紀ぶりに柴田翔を再読してみたくなり
池袋のリブロで「されど我らが日々」と「贈る言葉」の
新装文庫版を買い求めた

僅かにページを捲っただけでも立ちこめてくる
”政治の季節” の濃密な匂い 
ありきたりの問いになってしまうが
今の若い人はどう受け止める内容なのだろうか?

柴田もまた そうした人気作を残したまま
時代の彼方へと身を沈めていったように思えてならない


2007/11/26

11月26日  

原稿を二つ終わらせた午後
近所の喫茶店にて毎日新聞の日曜版を精読
取り上げられていた「文章のみがき方」(辰濃和男 岩波新書)に
興味を持った

「表現を柔らかくしたい時は「類語辞典」を使う
適当な言葉を探すには「逆引き辞典」を、、、」

なるほど 実務としても役立ちそうだ

あるいは「いい文章の条件は 平明 正確 具体性
独自性 抑制 これをこそ書きたい
これをこそ伝えたいという書き手の心の
静かな炎のようなものだ、、、」という一節

あるいは「書いた自分と違う もう一人の自分が
推敲を可能にするのである」という提案

頷くことしきり

一介の音楽ライターである私も
心掛けなければいけないことばかりである





2007/11/26

11月25日  

江古田の ”おしどり” にて
路傍と飲み会を
優に3時間を超える壮絶な宴であった

主題は「音楽と言葉」
彼もまたblogを発信する立場にあり
音楽に相応しい言葉を模索している様子が伺えた

話は歌謡曲の効用から
故 黒沢進氏が保った矜持についてまで
尽きることはなかった




2007/11/25

祝! 世界文学全集刊行〜reason to believe  文学

作家の池澤夏樹が個人編集した” 世界文学全集” が
河出書房新社より発売され始めた
全部で24巻
第一回はケルアックの「オン ザ ロード」を青山南による新訳で という試み
以降どんなタイトルが出てくるのか楽しみにしている

ある意味ロック音楽に於ける批評性や同時代性が失われ
”趣味”の領域に堕落してしまった現在
(このblogの賢明な読み手ならもうご存知のように)
私が興味を抱く主題は 文学へと向かいつつある


文学こそがロックだと詭弁を使うつもりはないが
果てしない自己探求や世界認識といった
かつてロック音楽がもたらしてくれた知的な興奮は
今や現代の日本作家にバトンが手渡されているようだし
この際 名作といわれる古典に
触れ直すのは  いい機会かもしれない

池澤氏は今回のシリーズについてこうコメントしている

「世界はこんなに広いし人間の思いはこんなに遠くまで
飛翔する それを体験してほしい」

言うまでもなく 人生は短い
娯楽的に音楽を消費するのも自由だろう
己の欠落を見つめることよりは埋め合わせを
するほうが楽でもあろう
しかしそれでは生を生きていることにはなるまい

かつてティム ハーディンという素晴らしい歌手がいた
彼は歌った reason to believeと









2007/11/24

第26回〜佐野元春「黄金色の天使」  Rock N Roll

「暮れなずむ街並に/茜色の空滲んで/胸にこらえていたものが/
溢れ出してくる/誰もが戸惑いながら大人になっていく/黄金色の
天使を探し求めて/ぼくらがいたあの場所に/置き去りにしたものは
何だろう? 」


大人になることへの懐疑と
大人になることへの責務が
この曲には 磨き抜かれた言葉と
素晴らしいフォークロック サウンドで結晶されている

この曲もまた
聖人にはならず、かといって世俗の垢にも染まらない
そんなアンヴィヴァラントな人間への
サウンドトラックなのかもしれない

「僕らがいるこの場所で/また今日も一日が過ぎてく/
満たされない思いも/さすらう声のままに」


合わないものや 合わないことに
自らを合わせることはない
そのような作り笑いと虚構の場所に
太陽は きっと届くまい

図書館での一日が終わると
池袋を目指して夕暮れの街を歩く
今年はそんな日課が
春の芽生えから 真夏の無風を経て
やっと訪れた紅の季節まで続いている

そんな時に鳴り始めるのは
きまって この曲だった

see also our critical views bout " The Lion and Coyote "

way to go →http://www.moto.co.jp/coyote/critics/






2007/11/23

路傍へ、書簡に代えて  Rock N Roll

人はなんで生きているのだろう?
きみもそんな問いを絶えず発しながら日々を過ごしている一人
のように私には見受けられます

本当に考えれば考えるほど
迷宮に入ってしまうような命題ではないでしょうか
いみじくも小川洋子は「人はどこからやってきたのかという
起源を持っていない」という認識に立って
自らの文学的な主題に日々取り組んでいますが
それとて 砂漠のなかに宝石を探し出すような
そんな営為なのかもしれません

たまたま読んでいた丸山健二「夏の流れ」(講談社文芸文庫)
には 茂木健一郎によるこんな解説が添えられています


「他人とにこやかにつきあっていこうとすれば
人はどこかで自分の感覚を麻痺させなければならない
真実は 世間とうまくやっていくこととは 関係ない
仏陀は生と死が交差するこの世界の有様を見て苦しみ
そこからの解脱を求めた 仏陀の道はけっして予定調和
ではなかった(中略)文壇に背を向け 安曇野に籠って
孤高を貫く丸山健二の人生は 深い水脈で仏陀のそれと
つながっている」

「しかし一方で私は丸山が 時には都会の雑踏のなかに
身を置き 私たち現代の世俗に塗れた者たちと 親しく
交わってくれたら とも思う (中略) ”陸沈”という
言葉がある 世俗の社会を離れず しかし超然としている
人間(じんかん)にあり しかし人とは積極的に交わらない
(中略)孤高を貫きながらも 人々の機微に通じるそんな
丸山が 時に世俗の我々の下に降りてくれたなら
しかし 丸山の肉体は安曇野に身を置きながら その精神は
風となり 雲となり 水となって 都会に住む私たちのもとへと
旅しているのかもしれない」

やや長い引用になってしまいましたが
聖なる人にもならず かといって世俗の垢にも染まらずに
”日々を歩いていく” ヒントがここに隠されているのかも
しれません

卑近な例では食品会社が賞味期限を改竄し
建築技師が建築屋と結託して手抜きの工事を発注する
道路公団に至っては”社会の常識は会社の非常識”とやや
開き直って記者会見をする
そんな世界に 僕らもまた 生きています

己が ”目に見えないもの” へと想像する力
己が 世界と自分を切り結ぶ ”約束の橋” を
持っているかどうか
そんなことが 切実に問われるような時代ですね

路傍にも そして私自身にも課すことがあるとすれば
こんな暗い時代にも
”正気を保つ” ことへの
不断の努力かもしれません

長くなってしまいました
この続きはまた
次回の飲み会にでも





2007/11/23

11月22日  

朝9時 いつものように地元の図書館に行ったら
図書整理のため 休館だと
トホホ

しょうがないので
いつも打ち合わせで使う喫茶店にて
午前の読書

一端 家に戻り
昼食のパスタに取り組む
今日の茹で具合はナイス

江古田から池袋まで徒歩60分
タワーレコードにて 念願だった
サンディ デニー箱とトニージョー箱を購入

夕方から 渋谷の春日出版にて
写真家を交えて 最終ラインの打ち合わせを
いよいよ今回の仕事も大詰めである

池袋の帰り道
いつものポルカドッツで一杯
敬愛するソングライター&ギタリスト、成田さんと

帰りの池袋駅で購入したるは
角田光代の新刊「三面記事小説」
読んでいたら 思わず乗り越しそうに












2007/11/22

ストレンジデイズ誌100号おめでとうございます!  

音楽雑誌「ストレンジデイズ」が今号で
100冊のアニヴァーサリーを迎えた
まずは  岩本さん&スタッフの皆様 おめでとうございます!
先日川崎チッタで行われた記念イベントには僕は行くことが
出来なかったけれど いやはや感無量です

僕がライターとして関わらせていただいたのが
確か00年頃のことで この前後から同誌が
従来のインディから雑誌コードを取得した一般誌への
道を示し始めたのだと思う

思えばプログレの雑誌としてスタートしたストレンジが
アメリカの音楽やルーツ ロックへテコ入れし始め
”いい音楽なら何でも” というスタンスを取り始めたのが
まさにこの頃であり
僕の登場と相成ったわけ

インタヴューも(ほとんどは国際電話だけど)やらせていただきました
ジミー ウェブ リンダ ロンシュタト デヴィッド リンドリー
ロバート ラム トム ジョンストン ロジャー マッギン
エイモス ギャレット ジョン セバスチャン  サム ムーア
ダン ヒックス 佐野元春  バーニー レイドン
レオン ラッセルetc.....

僕らしく? ちょっと突っ込んだ政治的なことを尋ねた時もあったけれど
彼らは きちんと自分の見解を述べてくれた

ともあれ 新興の雑誌がここまで辿り着くまでには
並大抵ではない苦労があったはず
資金のやり繰りにせよ
晴れて? 自営業になった我が身を思うと
余計 身に染みたり、、、

と 最後は自分のビンボウ話になってしまいました(笑)
















2007/11/21

novels travels and heartaches  文学

今年は小説を 今のところ18冊読んだ
会社員時代は 毎年平均せいぜい2〜6冊
末期は自己探求のために10冊近くに達したこともあるが
それにしても 驚異的な飛躍である
上下巻ものや 巨編も含まれている

小説なんぞは女子供が読むもの
あるいは 学生時代の産物と捉える向きもあろうが
そんな線引きが出来ること自体が
私には驚異である

音楽にしても同じことだが
歳を重ね それなりに思慮深くなってから
味わい深く接することが出来るのが
ノベルズの醍醐味のひとつだろう

より多くの小説を読むことは
より多くの人の物語や人生に触れることでもある
それが太宰や夏目のような古典であれ
それが村上や小川のような現在進行のものであれ

その本と自分との結び目が出来た時の喜びは
何者にも代え難い

せっかくだから
20冊きっかりを目指してみようと思う

今 読んでいるのが三崎亜記の「失われた町」であり
これが今年の19冊め
読んだページは  半分を超えたところだ











2007/11/20

11月19日  

フリーになってから 特徴的なのは
打ち合わせや 電話がない限り
昼間 誰とも会話しないことである

私のように沈黙を愛する人間にとっては
まさに理想的な環境である
本日も さし迫った原稿がなかったので
午前中は 中島京子「冠婚葬祭」を読了
昼過ぎは 音楽を聞いていた

本日も あったのは
編集者からの 1本の電話と
別の編集者からの 一通のメールのみ

以前は興味半分にテレビのワイドショウも
何となく見ていたのだが
あれは要するに
他人の不幸を対岸的に眺めているような
後味の悪さばかりが残るし
コメンテイターも好き勝手なことを
言っているだけなので 飽きてしまった

音楽ライターと一概にいっても タイプは様々だ
放送媒体が中心の方 レコード会社とのパイプが強い方
ひたすら雑誌の原稿をこなしていかれる方
翻訳を中心にされている方
特定の音楽家に専属する方  などなど

私の場合は これからは あまり喰えなくとも
自分の単行本を中心に のんびりとやっていくつもりだ
これは後から気が付いたことなのだが
私の得意分野(スワンプ ロックやパブ ロック)は
世間一般では まだまだ認知されないジャンルらしい
それを勘違いしたところに 私の悲劇がある(笑)

いずれにしても人生は 短い (Life Is Very Short)
来年私は50歳になり
世間で言う定年まで ちょうど10年というディケイドが始まる

”新しい音楽” は若いライター諸氏に任せて
マディやサニーボーイの足跡をじっくり追い求めても
罰は当たるまい

人生は探し求める旅である
もう ”平均律” は求めない
もう ”会話のための会話” には
さよならさ




















2007/11/19

行間を読む〜哲学への道  

物が溢れる世界に暮らし 消費的な生活に慣れ切ってしまい
そのこと自体にさえ気がつかなくなると
やはり思考能力は低下するのではあるまいか

キレる大人の増加に対しては
最新ツールから取り残された中高年の疎外感といった
説明が一般マスコミの論調であるが
私には自分なりの語彙を持っていない故の
短絡が そのような事態を招くとしか思えない

よく「自分をどう会話で表現してわからない」とか
「言葉ではうまく説明できない」といった常套句が
発せられることが少なくないが
大の大人がそれでは あまりに情けない

やはり情操面での欠落や
お受験〜一流大学〜一流企業といった価値観で
育ってきた弊害が要因だろう
アフォイズム(註1)なき時代の砂漠である

そういう人に限って相手の発した言葉の上っつら
だけに過剰反応する
その言葉に至るまでには 当然ながら
その人間の自問があり 煩悶があり 逡巡があり
それらを経てからの ”結論” であるにもかかわらず
そうした相手の ”過程” には思いを馳せることが出来ない
結果のみを求めるというのは まさに
詰め込み教育 お受験制度と無関係ではないだろう

また弁証法的な思考(註2)の欠落も
気になるところである
深い部分での相互理解に向けての努力なしに
「好き」「嫌い」という色分けばかり
これもまた幼稚な大人の態度である

ネットという ”速攻型” のメディアでは
そのことが倍加する

思考に深みを持たない人間に 未来はない


(註1)アフォイズム
極めて簡素な形式のなかで ものごとの真実や人生の光明を
暗喩的に忍ばせること 訓話や寓話といった言い伝えにも
こうしたアフォイズムが多く見いだせる


(註2)弁証法的思考
異なる意見を相互に述べ合いながら 論議を進め
理解への道を探るような思考方法




2007/11/18

探し求める旅  Rock N Roll

先日 山本智志さんと江古田にて打ち合わせした時にも
氏からお話が出たことなのですが
音楽と書物と映画は いわばトライアングルのような関係
ではないか というさり気ない一言は
噛み締めるほどに 意味合いを増す

私が思い起こすところでは

たとえば「タクシードライヴァー」には
「レイト フォー ザ スカイ」が流れてくる
たとえば「フォレスト ガンプ」はアメリカン ロックの 
”サウンドトラック” のようなものだ
そして「アメリカン グラフィティ」に到っては
音楽が無垢だった時代への 追想なのかもしれない

佐野元春が80年代に残した最高の曲のひとつ
「冒険者たち」が
アラン ドロン主演のそれから受けた影響は?
そういうことを想像するだけで
また別の光景が浮かび上がってくる

書物でいえば
小川洋子は 佐野を溺愛しているし
角田光代とジミーペイジとの関係にも
なかなか興味を惹かれる

音楽家の偉人伝みたいな映画や書物よりは
人々の日常のなかで そうした音楽が
どのように響き
彼や彼女という井戸のなかに共振していくのか

私はいま そうした書物や映画に興味がある

人々のいうところの ”最近のお気に入り”CDが
単にタワレコやHMVの”今月のリコメンド” であっては
あまりにも寂しいことだろう
それらは 一年後もしくは半年というサイクルで
消費され 中古屋へと流れていく

私自身が 消費生活の落とし子ではあるものの
もっと ”10年殺し” のような音楽作品に
出会えればいい と思っている

そう たとえば
アリーサ フランクリンの「フィルモア ライヴ」や
佐野の「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」のように








2007/11/18

11月17日  

昨日のDJは内容の良さにもかかわらず
集客は低調であり 私自身も爆発までは
行くことが出来なかった

店関係の客を除けば 来てくれたのはH嬢、しらす、千葉の方の安部、路傍の四人
何とか自分の飲み代は相殺することが出来たが
本来であれば40人は集めたいところだった

次回は本の出版記念も絡めて 捲土重来としたい

DJ終了後 江古田で路傍と杯を重ねる
お題は「言語の彼方にあるもの」






2007/11/16

indipendentsたち  

本日は夕刻より高田馬場にて
インディーズ レーベルの方と 企画会議を

リイシューCDがかなり進みつつあるなか
これから我々は どんな仕事をしていけばいいのか
そんな作戦会議である

もてる知恵を絞り出し合い
頼れるわずかなコネクションを交換し合い
広告のあるべき姿を模索し合いながら

彼にしても 私にしても
サラリーの世界におさらばした人間は
いずれにしても
自分の食い扶持は 自分で見つけなければならない
そのために考えることは 常に持っていなければと思う

私の場合 僅かな原稿料は生活費へと消え
少しの楽しみのための ”こずかい” は
もっと違うアイディアで埋めなければいけない
貯金とのにらめっこも ある
印税だけで食べていくには まだ遠過ぎる

そんな厳しい状況が 秋風とともに染みる

マイナーな世界で生きていこうと思ったら
人一倍の苦労をしなければいけないという典型であるが
愚痴は昨日のなかに置いてきたはず

文字通り 自由な毎日のなかで
思いを巡らせることは無限にある

会議が終わり 山の手線に乗り込んだのが5時半頃
電車の混雑に ややびっくりしつつ





2007/11/16

blog dialog and one man dog  Rock N Roll

生徒: blogを始めたいのですが そもそもblogって一体何なのでしょうか?

先生: ネット回線を使い 日記形式で自分の意見や自分の気持ちを他人に
伝えるための場所であり ツールです

生徒: 友達のなかにはblogを始めても止めてしまう子もいて 不安です

先生: 友達との交流や情報交換であれば 携帯やミクシィでも出来ますね
流行っているからといって飛びつくのでは 長く続かないかもしれません
自分に伝えたいことがあるのか 何が出来るのかを まず考えてから初め
ましょう

生徒: 僕は今バンドでギターを弾いているのですが なかなかいい曲が
出来上がりません だからblogを通して いろいろな人の知恵を
借りられたらいいな と思っています

先生: 立派な動機だと思います そうしたことを素直に書いていけば
自然と新しい友達も増えていきます


生徒: でもボロクソに言われるのが怖いような気がします

先生: 先生も最初は不安でした でも ものごとを良い方向で考えてみてください
厳しいコメントもあるでしょうが それ以上に励ましの声をもらった時の
喜びは 何者にも代え難いものです

生徒: 友達のなかにはコメント欄を外している奴もいますけれど、、、

先生: 一見賢いリスク回避に見えますが それは少し寂しい考え方だと思いませんか?
人は他人との関係を構築し合いながら 補完し合いながら 成長するのです
恐がっていては 何も始まりません

生徒: あとヨコシマなことなんですが 僕はいま彼女がいなくて 欲しくて
何かblogを通して アピール出来たらいいなと思って

先生: ちっともヨコシマではありません これも立派なモチベーションのひとつだと
先生は考えます 普段友達や彼女のまえでは恥ずかしくてなかなか口に出来ないことでも
文章で書きblogで伝達するときには 素直な気持ちで表現出来たりするものですから

生徒: 僕は国語というか文章を書くのが苦手なのですが、、、

先生: 確かに文章で人に何かを伝えるためには それなりの訓練が必要です
その訓練を怠らないでください 残念ながら立派な大人でも 書いていることが
幼稚だったり 下品だったりする人は大勢います そういう人の真似をするのでなく
音楽が好きであれば その音楽に相応しい情感や優しさをもって パソコンに向かって
みることです 

生徒: 絵文字ばかりケータイで使っている子もいますが
どうすればいいでしょう?

先生: 絵文字や(笑)(爆)といった略式文字はときに有効ですが
あまり連発するのは いただけません こいつはIQが足りないと思われる
かもしれません (笑)に代わる言葉を見つけ出し 探し出し 本当に今
この人は笑顔なんだなと想像させるような表現に取り組んでみてください
試す価値はあります

生徒:僕は自分の歌を自分で作り 歌ってギターを弾ける人になりたいです
だからその目的に向かって blogを始めようと思います
先生ありがとうございました

先生: がんばってください 肝心なのは自分の気持ちです
そしてどうか 自分の知っている友達だけに書くのではなく
まだ自分の知らない 出会っていない誰かに向けてメッセージを発信するという
姿勢を忘れないでください あなたのことを大事に見守っていてくれる人が
必ず出てきます






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